富士山

―富士山―
ふじさん

山梨県富士吉田市 南都留郡富士河口湖町 鳴沢村 山中湖村
静岡県富士宮市 富士市 裾野市 駿東郡小山町
特別名勝 1952年指定


 天に向かって悠然と聳える富士山は、日本最高峰にして古くから崇敬を集めてきた単独峰である。その美しい円錐形の山容はすべての時代を通じて賞賛され、また度々火を噴く神秘性から畏怖の念をもって遥拝されてきた。山頂の火口を中心に標高3776mの剣ヶ峰(けんがみね)などの峰々が取り囲み、南東麓から北西麓にかけて数多くの側火山が連なるなど様々な火山現象を残している。北は富士五湖、南は駿河湾まで及ぶ広大な裾野には原野や森林が広がっており、山頂からは南北アルプスの高山群、箱根連山に関東平野、海上には伊豆諸島を遠望できるなど、その視界は極めて広範囲に及ぶ。日本の象徴として世界にも広く知られており、随一の名山として特別名勝に指定されている。




飛行機から見る富士山の南側
中腹には大きくえぐられた宝永火口が見える

 富士山の周辺一帯は数百万年前より火山活動が活発な地域であったことが知られている。現在の富士山の位置には、かつて小御岳火山と愛鷹火山が並んでいた。約10万年前に小御岳火山の中腹から噴火が始まり、小御岳火山を取り込み古富士火山が誕生する。さらに約1万年前からの噴火によって古富士火山を覆うように成長し、現在の山体である新富士火山が形成された。その後も度々の噴火を繰り返し、平安時代の貞観6年(864年)に起きた噴火では大量の溶岩が流出。北麓に広がっていた「剗の海(せのうみ)」を埋めて西湖と精進湖に分断し、現在は樹海が広がる青木ヶ原を形成した。また江戸時代中期の宝永4年(1707年)には南東の山腹で大規模な噴火が起き、新たに宝永火口が形成された。




富士山本宮浅間大社の湧玉池から流れる神田川から見る富士山
かつて登拝者たちは湧玉池で身を清めてから富士山へと向かった

 富士山は日本最古の和歌集である『万葉集』にも詠まれており、その美しさと神々しさが称えられている。8世紀後半以降は繰り返す噴火を鎮めるべく、富士山の火口に鎮座する神を「浅間大神(あさまのおおかみ)」として祀り、富士山そのものを神聖視するようになった。一方で立ち昇る噴煙が燃える恋心の象徴として『竹取物語』『古今和歌集』『伊勢物語』などの文学作品に取り上げられている。平安時代後期に噴火活動が沈静化すると、富士山は日本古来の山岳信仰と密教が融合した「修験道」の霊場となった。12世紀前半には末代上人(まつだいしょうにん)が山頂に大日堂を築いており、また室町時代後半には行者と共に一般庶民も登拝するようになり、次第に富士登山が大衆化していった。




山頂部には廃仏毀釈で破壊された石仏が集められている

 江戸時代中期になると、関東地方を中心に「富士講」と呼ばれる富士信仰の講(団体)が組織されるようになった。案内役である「御師(おし)」の導きによる庶民の登拝が流行し、登山道には宿泊所や休憩所として小屋や石室などが設けられた。また富士山は葛飾北斎の「富嶽三十六景」や歌川広重の「不二三十六景」「東海道五拾三次」など浮世絵にも盛んに描かれ、ゴッホやモネなど印象派の画家にも影響を与えている。明治時代に入ると神仏分離令による廃仏毀釈によって山中にあった仏像が撤去され、仏教的な地名が神道的なものへと改称された。山頂にあった大日堂と薬師堂も破却され、それぞれ浅間神社(現在の富士山本宮浅間大社)の奥宮、東北奥宮(久須志神社)に改められた。




北口本宮冨士浅間神社を起点とする吉田口登山道
起点から山頂まで、今もなお昔ながらの道筋が残る

 富士山頂へと至る登山道は、吉田口、須走口、須山口、村山口、大宮口がある。そのうち主に村山口と大宮口は富士川以西の東海から近畿にかけて、吉田口は関東や甲信以北の登拝者によって利用されていた。他にも船津口が存在するが、山崩れによって江戸時代に一度廃絶している。須山口は明治時代に陸軍演習場の設置によって分断されたものの、明治16年(1883年)に御殿場口登山道が須山口登山道の二合八勺に接続する形で開通した。また村山口と大宮口は纏められ、現在は富士宮口となっている。頂上の火口は「内院」と呼ばれ、かつては散銭が行なわれていた。火口壁の峰々は仏教の曼荼羅に模して名付けられ、登拝者はそれらを拝んで巡る「お鉢めぐり」を行っていた。




古くより景勝地として知られる「三保の松原」(名勝)から見る富士山
駿河湾越しに富士山を望む代表的な展望地点であり、世界遺産に含まれている

 特別名勝の指定範囲は、山梨県側は御中道(五合目)の500m下から山頂までの山体、および吉田口登山道と船津口登山道の起点まで、飛び地として北東麓の旧鎌倉往還にあたる梨ヶ原地域が含まれる。静岡県側は西・南斜面は標高約1600m以上、東斜面は1900m以上の山体、および須走口登山道の標高約1600mまでと旧大宮口登山道の標高約1000mまでである。また平成23年(2011年)には信仰対象としての富士山の価値が改めて評価され、富士山八合目以上および富士山の周囲に点在する浅間神社や霊場が国の史跡に指定。さらに平成25年(2013年)には富士信仰および富士山の芸術に関する構成要素を一括した『富士山−信仰の対象と芸術の源泉』がユネスコの世界遺産リストに記載された。

1999年08月訪問
2007年09月再訪問
2012年09月再訪問
2013年08月再訪問
2015年09月再訪問
2017年08月再訪問




【アクセス】

<吉田口登山道>
・富士急行「富士山駅」から富士急行バス「富士スバルライン五合目方面」行きで約1時間。

<須走口登山道>
・JR御殿場線「御殿場駅」から富士急行バス「須走口五合目」行きで約1時間。

<御殿場口登山道>
・JR御殿場線「御殿場駅」から富士急行バス「水ヶ塚公園・ぐりんぱ」行きで約40分。

<富士宮口登山道>
・JR身延線「富士宮駅」から富士急行バス「士山富士宮口五合目」行きで約1時間30分。
・東海道新幹線「新富士駅」から富士急行バス「士山富士宮口五合目」行きで約2時間5分。

【拝観情報】

散策自由。
五合目から山頂までの山開き期間は7月10日(吉田口のみ7月1日)〜9月10日、保全協力金1000円。

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温泉岳(特別名勝)

【参考文献】

・「月刊文化財」平成23年2月(569号)
・「月刊文化財」平成26年1月(604号)
富士山|国指定文化財等データベース
富士山包括的保存管理計画(2016年1月)|富士山世界遺産協議会
富士山の噴火史について|富士市
火山土地条件図「富士山」について(pdf)|国土地理院
山頂の信仰遺跡群|富士宮市