平城宮東院庭園

―平城宮東院庭園―
へいじょうきゅうとういんていえん

奈良県奈良市
特別名勝 2010年指定


 奈良時代、日本の首都であった平城京。その中心は言わずもがな、天皇が住まい、各種の役所が置かれていた大内裏、平城宮である。通常、大内裏は左右対称の長方形を成すのが普通だが、平城宮は東側に大きな張り出し部を持つ、特異な形状となっている。平安時代初期に編纂された続日本紀によると、その張り出し部分の南半分には、「東宮」あるいは「東院」と呼ばれる施設が存在していた。1967年の発掘調査により、その東院跡の東南隅から、数多くの建物跡を伴う庭園の遺構が発見された。それは、大陸式の庭園から日本式の庭園へと変化する過程を表しており、平安時代以降発展する日本庭園のルーツ的存在として極めて価値が高く、2010年特別名勝に指定された。




東院庭園を東北方向から見る

 平城宮東院庭園は、東西約80メートル、南北約100メートルの敷地を持ち、その中央に池を据え、周囲に建造物を配した構成となっている。その東側と南側は平城宮外に面している為、巨大な築地大垣(ついじおおがき)により隔てられており、また平城宮内に面した北側と西側は、比較的簡素な掘立柱塀により囲まれている。発掘された遺構は極めて良好であり、当時の庭園の様子がほぼ完全に保たれていた。池など水を扱う庭園は、低地に作られる事が多い為、荒廃後も埋没化が早く、厚い土で覆われる。故に、良い状態で遺構が保たれる事が多いのだ。同じく良好に遺構が残る平城京左京三条二坊宮跡庭園と共に、奈良時代の庭園の姿を今に伝える貴重な庭園である。




庭園内を流れる遣水(やりみず)
杯がこの水路を流れる間に詩を詠む「曲水の宴」が行われていた

 平城宮東院から発掘された庭園の遺構は、池の形状の変遷により、大きく前期と後期に分けられる。そのうち前期の庭園は、和銅3年(710年)の平城京遷都と同時期に作庭されたと考えられる。その池の形は長方形を二つ繋げた逆L字型。汀線(ていせん、水際の形)は極めて直線的であり、水際も通常の日本庭園に見られるような、なだらかな州浜ではなく、垂直に掘り下げて大きな玉石を帯状に積む護岸となっていた。このような特徴の池は、中国や朝鮮半島の庭園で見られる大陸的な様式であり、飛鳥時代の藤原京から発見された池でも確認されている。この時期の庭園は、飛鳥時代に伝わった大陸式の庭園が、そのままの形で作庭されていたのだ。




日本最古の築山である「仮山」の石組

 直線的な汀線を持つ大陸式の池は、奈良時代の中頃に大幅な改修が施され、新たな形状の池へと変貌を遂げた。出島や入江、それに中島などが加えられ、汀線は複雑な曲線を描くようになった。池底にはこぶし大の石が敷かれ、護岸もなだらかな州浜に変わるなど、その後に発達する日本庭園の特徴を備えた、日本独自の形態へと変わって行ったのだ。要所要所には自然石が配され、また池の北側には「仮山」と呼ばれる石組の築山が置かれた。この仮山は、日本における最古の築山の例である。このように、東院庭園は大陸型の庭園から日本庭園へ、意匠や工法が大幅に変化するその過程を今に伝える遺構であり、日本庭園の成立を知るに欠かせない史料でもある。




後期の遺構を復元した東院庭園は、極めて複雑な汀線を持つ

 都が平城京から遷都した後も、この東院庭園は暫く残されていたが、9世紀中旬には荒廃し、1967年に発掘されるまで土中に埋もれていた。現在見られる東院庭園は、日本庭園の特徴が備わるようになった後期庭園の遺構を元にして、1998年に復元されたものである。実物の遺構はシートと砂で覆われて保護され、その上に遺構と同じ庭園を再現している。ただし、築山や置石は、保護処理を施した実物をそのまま利用しているという。庭園内の植物も、発掘調査により確認された花粉や種子を元に特定されたものであり、当時の庭園と同じ植生を再現している。この庭園は、奈良時代の独特の技法、意匠による庭園が、見事に復元された例としても、非常に価値が高いのである。




南東隅の楼閣は機能的な意味が無く、景観の為の建造物であったと推測される

 庭園に付属する建造物もまた、遺構を元に復元されている。庭園の中央、池に張り出して建つ切妻屋根の建物は、桁行5間、梁行2間で周囲に縁を巡らしている。その柱は、大面取りと呼ばれる八角柱だ。庭園を見渡す事ができるこの建物は、宴会に用いられたと考えられている。庭園の東南隅には、二層の楼閣建築が建てられている。こちらも大面取りの柱が使用され、柱の下には石を敷き、また根元には貫を通して枕木を添えるなど、建物の沈下を防ぐ工夫が施されている。他にも、続日本書紀には称徳天皇(しょうとくてんのう)が、庭園北側に琉璃瓦の東院玉殿(ぎょくでん)を築いたと記述がある。そのものかどうかは不明だが、庭園内からは琉璃瓦もまた発掘されている。

2010年06月訪問




【アクセス】

近鉄「大和西大寺駅」より奈良交通バスで約5分「平城宮跡バス停」下車、徒歩約10分。
近鉄「大和西大寺駅」より徒歩約30分。

【拝観情報】

拝観料無料、拝観時間は9時〜16時30分(入場は16時まで)。
月曜(月曜が祝日の場合はその翌日)、および12月29日〜1月3日は休館。

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