室戸市吉良川町

―室戸市吉良川町―
むろとしきらがわちょう

高知県室戸市
重要伝統的建造物群保存地区 1997年選定 約18.3ヘクタール


 高知県東部の海岸線に沿って高知と徳島を結ぶ土佐浜街道(土佐東街道)。その道中、室戸岬から北西約13キロメートルの地点に位置する吉良川町は、明治時代から昭和初期にかけて木炭の生産と流通で栄えた在郷町である。旧街道沿いの「浜地区」に連なる商家には、厚く塗られた「土佐漆喰」の壁に何段にも重ねられた「水切瓦(みずきりがわら)」が備えられ、また山側の「丘地区」に建つ家々は「いしぐろ」と呼ばれる風除けの石垣で敷地を取り囲むなど、日本有数の多雨地帯である室戸地域ならではの特徴を見ることができる。極めて独自性の高い地方色豊かな町並みが残っていることから、東西約750メートル、南北約250メートルの範囲が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。




「御田(おんだ)八幡宮」の境内へと続く路地

 吉良川町の中心部に鎮座する「御田八幡宮」は創建年こそ不詳であるが、隔年の五月三日に奉納される「吉良川の御田祭」(国指定重要無形民俗文化財)の始まりは鎌倉時代初頭にまで遡ると伝えられている。史料上では戦国時代末期に長宗我部(ちょうそかべ)氏が作成した『長宗我部地検帳』(重要文化財)にその名が見られ、近世においては在郷の浦町として存在が確認されている。吉良川やその周辺地域は林業が盛んな土地であり、古くから良質な薪や木材の産地として知られていた。土佐藩の国学者「谷真潮(たにましお)」が安永七年(1778年)に著した紀行文『磯わのもくつ』によると、吉良川や羽根(はね)の薪は火力が強く、大坂や京都で好まれていたと記されている。




浜地区には明治から昭和初期にかけての繁栄を伝える商家が並ぶ

 明治時代になると薪に代わって木炭が広く用いられるようになり、その需要が急激に増加した。室戸地域の山間部から切り出される木材は木炭に適したウバメガシが多く、吉良川でも製炭が行われるようになった。当初は製炭技術が低く、粗悪な炭しか焼けなかったものの、明治40年(1907年)に紀州の炭焼き職人であった植野蔵次により窯の改良と製炭技術がもたらされたことで品質が向上し、良質な土佐備長炭を製造することができるようになる。街道に沿って木炭を扱う商家や京阪神へと運搬する廻船問屋が建ち並び、今に通じる町並みが形成された。木炭の製造は戦後のエネルギー革命により昭和30年代後半に衰退したものの、現在は地域産業継承の取り組みによって生産が続けられている。




海へと続く路地に祀られている祠

 吉良川町の町並みは西の川と東の川に挟まれた土地に広がっており、旧街道沿いの「浜地区」と、その北側の微高地に位置する「丘地区」と、趣きを異にする二つの町並みが展開するのが特徴だ。そのうち「浜地区」では短冊形に区画された敷地に商家の町家が軒を連ねている。各家の間口は四〜五間ほどが一般的であり、通りに面して主屋を構え、その背後に釜屋(台所)を独立して建てる分棟型住宅となっている。主屋は切妻造の平入が多く、二階部分の建ちが低い厨子(つし)二階も存在する。書院造の座敷を中心に奥行きの短い庭を設けるなど洗練された空間を有する家もある。また主屋内には敷地の背後へ出るための通り庭がなく、隣家との間に三尺から一間の内路地を通している。




多段の水切瓦となまこ壁が目を引く巨大な土蔵

 吉良川町が位置する室戸岬の周辺地域は、台風銀座と称されるほど台風が頻繁に通り抜ける暴風多雨地帯である。そのため、吉良川の町並みには「土佐漆喰」や「水切瓦」など風雨から家屋を守る工夫を随所に見ることができる。一般的な漆喰は消石灰に砂、ノリ、スサを混ぜるのに対し、「土佐漆喰」は地灰(塩消石灰)にネズサ(発酵させた藁スサ)を混ぜており、ノリを含まない。故に水に触れてもノリの成分が溶け出すことがなく、普通の漆喰より厚く塗ることもできるので雨への耐性が非常に強い漆喰となっている。また主屋の妻面や土蔵の外壁には「水切瓦」が設けられている。これは斜めから吹き付ける豪雨に対し、段階的に雨水を切ることで漆喰壁を保護する役目を果たしている。




堅固に積まれた丘地区の「いしぐろ」

 吉良川町の町並みのうち浜地区は町家型の家屋が連なるのに対し、その背後に広がる「丘地区」では入り組んだ細い路地に正方形に近い敷地を持つ農家型の家屋が集まっている。その地割は江戸時代中期からのものを踏襲しており、かつては「いしぐろ」と呼ばれる石垣によって敷地全体を取り囲んでいた。いしぐろは川原や海岸の丸石を積んだ防風壁であり、現在も部分的にではあるが残っている家がある。いしぐろの積み方は家によって多種多様であり、中には丸石を半分に割って整形した小口を見せる意匠的なものも存在する。敷地の中央に主屋を配し、その前面に庭を設け、路地に面して門を開く屋敷構だ。主屋の背後に釜屋を独立して建てる点は浜地区と同様である。

2010年10月訪問
2011年05月再訪問
2020年10月再訪問
2023年05月再訪問




【アクセス】

・土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線「奈半利駅」より高知東部交通バス「室戸世界ジオパークセンター行き」で約25分、「吉良川学校通」バス停下車すぐ。
・土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線「安芸駅」より高知東部交通バス「室戸世界ジオパークセンター行き」で約50分、「吉良川学校通」バス停下車すぐ。

【拝観情報】

・町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

【参考文献】

・現地案内板
室戸市吉良川町|国指定文化財等データベース
吉良川の御田祭|国指定文化財等データベース
吉良川の街並み|室戸市教育委員会
吉良川町重要伝統的建造物群保存地区とは|室戸市
室戸市森林整備ビジョン〜人口林経営と製炭業の両輪を目指して〜|室戸市
在郷町の空間的秩序とその形成過程 高知県室戸市吉良川を事例として|J-STAGE
「重要伝統的建造物群保存地区一覧」と「各地区の保存・活用の取組み」|文化庁
・別冊太陽 日本の町並みII 中国・四国・九州・沖縄

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