長崎市東山手、長崎市南山手

―長崎市東山手―
ながさきしひがしやまて
重要伝統的建造物群保存地区 1991年選定 約7.5ヘクタール

―長崎市南山手―
ながさきしみなみやまて
重要伝統的建造物群保存地区 1991年選定 約17.0ヘクタール

長崎県長崎市


 鎖国体制にあった江戸時代において、唯一オランダとの交易が行われていた長崎港。幕末の安政5年(1858年)に締結された安政五カ国条約によって函館、横浜、新潟、神戸と共に開港された五港のうちのひとつでもある。各港には外国人が居留し交易を行う為の居留地を設けることが定められ、長崎では中心市街地の南隣に位置していた小漁村とその背後の丘陵地が割り当てられた。長崎港を望む東山手と南山手には今もなお幕末から大正時代にかけて建てられた多種多様な西洋建築が現存しており、石垣や石畳など往時からの工作物も数多い。居留地時代の風情を今に伝えていることから、東山手・南山手の両地域がそれぞれ国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。




石畳と石垣が続く東山手の目抜き通り
左に上る坂道は「オランダ坂」として有名だ

 外国人居留地の一帯はかつて湾曲した入江であったが、その海岸線を埋め立てて梅香崎、大浦、下り松の各地区が築かれた。これらの平地部では直線状の街路によって整然と区画された一方、それらの背後に位置する東山手と南山手には急な坂道や曲線状の迂回路が通され、階段状の宅地が築かれた。これらの地割は現在もほぼそのままに踏襲されており、大きな変化はない。平地部に現存する居留地時代の建物は数こそ少ないものの粒ぞろいであり、大浦の「旧長崎英国領事館」(重要文化財)が東山手の一部として、下り松の「旧長崎税関下り松派出所」(重要文化財)と「旧香港上海銀行長崎支店」(重要文化財)、「旧バンザイ炭酸水工場(現宝製綱)」が南山手の一部として範囲に含まれている。




似たような洋館が密集して残る「東山手洋風住宅群」

 オランダ坂の途中に位置する「東山手十二番館」は、明治元年(1868年)にロシア領事館として建てられた木造洋館で重要文化財に指定されている。正面側の三方に幅の広いベランダを持ち、平面は中廊下型で当時の領事館建築の特徴を示している。東山手の南端には、明治20年代後半に建てられた七棟の洋風住宅群が現存する。いずれも質素かつ形状も似ていることから社宅や賃貸住宅として築かれたと推測されており、このような洋館が群として残る例は全国的にも少なく貴重である。明治中期以降、東山手には数多くのミッションスクールが設立されており、オランダ坂を上り詰めた丘の上には大正15年(1926年)にヴォーリズ建築事務所によって築かれた「活水(かっすい)学院本館」が聳えている。




グラバー園の中核を成す「旧グラバー住宅」
ガラス張りの温室を備えたモダンな外観だ

 東山手から大浦地区を挟んだ位置に広がる南山手は、日本に現存する最古の教会堂「大浦天主堂」(国宝)をはじめ、日本に様々な近代技術をもたらしたイギリス人貿易商トーマス・ブレーク・グラバーの邸宅を中心とするグラバー園が存在するなど、長崎を代表する地域のうちのひとつである。「旧グラバー住宅」は大浦天主堂を建てた小山秀之進(こやまひでのしん)など複数の日本人大工によって文久3年(1863年)に建てられたもので、日本に現存する最古の木造洋館であり重要文化財に指定されている。度々の増改築によって複雑な平面を見せており、外観は東南アジアのコロニアル様式を採り入れながらも外壁は漆喰で小屋組は和小屋とするなど、日本の伝統建築の要素が強いのが特徴だ。




グラバー園の東に位置する南山手乙27番館
唯一東向きに建てられた洋館で、レストハウスとして公開されている

 グラバー園の敷地内には、グラバーと同じくイギリス人貿易商の邸宅であった「旧リンガー(弟)住宅」と「旧オルト住宅」が存在しており、これらもまた貴重な幕末の洋館建築として重要文化財に指定されている。なお、旧リンガー住宅へと至る路地はアスファルトで舗装されており、これは日本最古級であるという。リンガーは晩年に重い心臓病を患い、歩くこともままならなかったことから玄関まで人力車を通れるよう舗装したのだ。他にもグラバー園には「旧ウォーカー住宅」「旧三菱第2ドックハウス」「旧長崎地方裁判所長官舎」「旧スチイル記念学校」などが居留地の内外から移築されており、さながら洋風建築の野外博物館といった様相を呈している。




かつて修道院として建てられた児童養護施設「マリア園」
煉瓦の赤と窓枠の白、緑青を吹いた銅板屋根のコントラストが美しい

 南山手の中腹を南北に貫くグラバー通り沿いには、高石垣によって整地された土地にいくつかの洋館が現存している。「旧杠葉(ゆずりは)病院別館」はオークション業を営んでいたユダヤ人であるシグマンド・デービッド・レスナーの住宅として建てられた洋館で、玄関には花の模様を描いた美しいタイルが敷き詰められている。その南に位置する巨大な煉瓦造の西洋建築は、明治31年(1898年)に築かれた修道院である。大浦天主堂を築いたベルナール・タデー・プティジャン神父によって招かれた4人のフランス人修道女によって運営され、太平洋戦争の長崎原爆投下後には戦災孤児を収容した歴史のある児童養護施設であったが、近年売却されて高級ホテルに改装される見通しとなった。

2018年05月訪問




【アクセス】

<東山手>
JR九州「長崎駅」から長崎電気軌道「正覚寺下(崇福寺)」行きで約10分、「築町」で「石橋行」行きに乗り換えて約1分、「市民病院前」下車徒歩約5分。
JR九州「長崎駅」から長崎バス「田上」行き「戸町」方面行きなどで約15分、「市民病院前」バス停下車徒歩約5分。

<南山手>
JR九州「長崎駅」から長崎電気軌道「正覚寺下(崇福寺)」行きで約10分、「築町」で「石橋行」行きに乗り換えて約10分、「大浦天主堂」下車徒歩約5分。
JR九州「長崎駅」から長崎バス「田上」行きで約15分、「大浦天主堂下」バス停下車徒歩約5分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

<東山手十二番館>
拝観料:無料
拝観時間:9:00〜17:00
休館日:12月29日〜1月3日

<グラバー園>
拝観料:大人610円、高校生300円、小中学生180円。
拝観時間:8:00〜18:00(夜間開園時は〜21:00)受付は閉館20分前まで。
休館日:なし

<南山手レストハウス>
拝観料:無料
拝観時間:9:00〜17:00
休館日:12月29日〜1月3日

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