大山町所子

―大山町所子―
だいせんちょうところご

鳥取県西伯郡大山町
重要伝統的建造物群保存地区 2013年選定 約25.8ヘクタール


 鳥取県の西部に聳える伯耆富士こと大山(だいせん、標高1729メートル)は、中国地方の最高峰にして古来より信仰を集めてきた霊山である。その北西麓に位置する所子は、大山から日本海へと流れる阿弥陀川(あみだがわ)の西岸に広がる農村集落だ。阿弥陀川にほぼ並行して通る大山への参詣道「坊領道(ぼうりょうみち)」に沿って、「カミ」および「シモ」と呼ばれる二つの屋敷群から構成されており、その周囲には今もなお圃場整備がなされていない昔ながらの田畑が広がっている。伯耆地方における伝統的な農村の風景を今に残す貴重な集落であることから、東西約650メートル、南北約800メートルの範囲が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。




明和6年(1769年)の主屋が現存する門脇家
近代建造の附属屋および土地を含めて重要文化財に指定されている

 所子という地名は13世紀前半に賀茂御祖(かもみおや)神社の社領であった「伯耆国所子庄」が初出であり、中世の頃は所子の一帯が京都下鴨神社の荘園であったことが分かる。江戸時代の初頭には、所子に移り住んだ美甘(みかも)家が賀茂神社や糺(たたず)神社の社殿を築造、両神社の間を通る里道を中心軸に集落が形成された。江戸時代の中期になると門脇家が豪農として台頭し、汗入(あせいり)郡西構の大庄屋に任命されている。門脇家は集落の北西部に新たな屋敷を築き、その周囲に分家筋の東門脇家や南門脇家などの屋敷が江戸時代後期にかけて築かれたことで、元から存在した屋敷群を「カミ」、新たに築かれた屋敷群を「シモ」と呼ぶ現在の村落形態が形成された。




二階建建物の一部に門を開く東門脇家(国登録有形文化財)

 坊領道は集落の南東から北西にかけて通っており、各家の敷地は基本的にこの道筋に面している。敷地の周囲は板壁を巡らせて区画するほか、カミでは風除けや防火、目隠しなどの目的で常緑樹の生垣や屋敷林を備えているところが多い。通りに面して門を構える家や、敷地の前面に厩舎や小屋などを建て、その間に入口を設けて長屋門のようにしている家もあり、独特な集落景観となっている。また集落の北端と南端にはそれぞれ墓地があり、シモにあたる北側のものは門脇家とその分家筋、カミにあたる南側のものはそれ以外の住人の墓地とされている。カミの墓地には文化11年(1814年)に所子で行き倒れた行者の供養塔が残るなど、坊領道沿いにある集落ならではの要素も見受けられる。




カミの中心的な存在である美甘家(国登録有形文化財)
屋根の棟には安山岩の棟石を載せている

 主屋は敷地のほぼ中央に配し、その周囲には土蔵や農作業小屋などの附属屋を建てている。主屋は長方形の平面を持つ直屋(すごや)形式であり、棟は通りと並行に置いて正面に堂々とした構えを見せる。屋根は切妻造の平入であり、平屋または厨子二階とし総二階建は少ない。かつては茅葺が多かったが、現在は赤茶色の石州瓦または近隣で生産されていた黒色の真子(しんじ)瓦の桟瓦葺が主流であり、棟には石材を用いた棟石を置くのが地域的な特徴である。主屋の平面は桁行二間から二間半程度の土間を持つ二列四間取が多く、食い違いとするものも存在する。接客用の居室を南側とするため、坊領道の東側では土間が正面向かって左側、西側では右側とするのも特徴である。




シモに残る「ツカイガワ」と石積護岸

 集落内には阿弥陀川から導水した「ツカイガワ」と呼ばれる用水路が縦横無尽に張り巡らされており、各所で石積の護岸や階段を設けた洗い場を目にすることができる。水道が整備される前は井戸水を飲用とし、用水路の洗い場では野菜を洗っていたという。またかつてはこの用水路を動力として利用すべく8基の水車が存在したが、水車自体は現存しておらず水車小屋であった建物が2棟残るのみだ。また敷地内の水路側に方形の池を造成している家もあり、水路から水を引き込んで鯉などを飼育しているという。農業を生活の基盤としてきた所子では阿弥陀川からの水利はまさに生命線であり、集落内には水神が祀られ、田畑の中には農業用水を溜めていた堤の跡も数多い。




北東部の集落入口に祀られている「サイノカミ」

 集落の南側には古くより存在する賀茂神社が鎮座しており、所子の鎮守として祀られている。その境内から北へは「神さんの通り道」と呼ばれる帯状の空間が通されており、これがカミとシモの境界となっているところに集落としての特徴がある。また北東側の集落入口には、かつて賀茂神社と同規模の境内を持つ糺神社が存在したが、明治42年(1909年)に賀茂神社に合祀されており現存しない。その跡地の近くには男女双体の「サイノカミ」が祀られており、村に災いや疫病が入り込むことを防ぎ、良縁をもたらす神として昔から村人に信仰されてきた。現在も12月14日の深夜には、しめ縄を変えて藁馬を供え、近くの木に巨大な草履を吊るして祀る風習が受け継がれている。

2021年08月訪問




【アクセス】

・JR山陰本線「大山口駅」から徒歩約10分。

【拝観情報】

・町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

【参考文献】

・「月刊文化財」平成25年12月(603号)
・「大山町所子」パンフレット
大山町所子|国指定文化財等データベース
門脇家住宅主屋|国指定文化財等データベース
東門脇家住宅主屋 |国指定文化財等データベース
美甘家住宅主屋 |国指定文化財等データベース