奥内の棚田及び農山村景観

―奥内の棚田及び農山村景観―
おくうちのたなだおよびのうさんそんけいかん

愛媛県北宇和郡松野町
重要文化的景観 2017年選定


 愛媛県の南西部、高知県との境に位置する松野町。その北方の山間部に位置する奥内地区は、四万十川の支流である広見川に注ぐ奥内川の谷間を開墾して築かれた「遊鶴羽(ゆずりは)」「下組(しもぐみ)」「本谷(ほんたに)」「榎谷(えのきだに)」の4集落から成る農山村である。いずれの集落も石垣の棚田を中心に、自然の地形を巧みに利用して築かれており、江戸時代から大きく変化していない集落景観が今に残されている。四国山間部の険しい地形条件の中で育まれてきた農山村の生活と生業を知る上で重要であることから、4集落とその周囲の山林を含む、奥内地区の全域にあたる370.3ヘクタールが国の重要文化的景観に選定されている。




下組集落に鎮座する「奥内薬師堂」と「逆杖の公孫樹」

 奥内地区の入口にあたる「下組」には万延2年(1861年)に再建された「奥内薬師堂」が祀られており、その隣には弘法大師空海が逆さに立てた杖から芽吹いたという「逆杖の公孫樹(イチョウ)」が枝葉を伸ばしている。そのような伝説や周辺にある中世山城の存在から集落の成立は中世以前に遡る可能性があるものの、明確に時代が分かる江戸時代の墓石より17世紀末から18世紀初頭の頃に拓かれたと考えられている。遊鶴羽山や赤滝山など標高500から600メートルの山々によって囲まれた立地にあり、吉田藩の『郡鑑(こおりかがみ)』には度々水害を被った記録が残っている。また明治時代には大規模な土石流があったと言い伝えられており、その地形条件は極めて厳しいものであった。




谷に沿って階段状に連なる遊鶴羽の棚田

 下組からは三筋の谷が分岐しており、それぞれに「遊鶴羽」「本谷」「榎谷」の集落が存在する。いずれも水を集めやすい下部の緩斜面に棚田を築いており、一段高い位置に数戸の家屋が等高線に沿って並び、その背後には山林が広がっている。この土地利用の在り方は江戸時代の『下札帳(さげふだちょう)』や明治時代の『段別畝順帳(だんべつせじゅんちょう)』『山林原野畝順帳』などとも一致しており、棚田を中心とする奥内の景観は江戸時代の中期にまで遡るものであることが分かる。現在に存在しない要素としては、木蝋を採るための櫨(ハゼ)畑や、焼畑を行っていた代替畑などの他、山林には雑木林や草山、松山、柴草山など用途による区分があった。




特に立派な石垣は、まるで城郭のような貫禄を見せる

 棚田の水は沢や谷川から取り入れており、上段の水田から下段の水田へと水を流す「田越し」で灌漑している。溜池は存在せず、用水路は下流部にのみ設けられている。石垣は地元で採れる堆積砂岩の割石をそのまま積む野面積で築かれており、高さは2〜3メートル程で、中には4メートルを越えるものも存在する。直線的で水平方向に長いものが多く、全体的には端正な階段状に築かれており、石積みの強度や広い耕作面積を確保するため反りを持たせるなど様々な石積技術を見ることができる。平成11年(1999年)に農林水産省の「日本の棚田百選」に認定されたことを契機に保存会が結成され、張った水が漏れないよう畔道や農道を最小限のコンクリートで舗装するなどの保全活動が行われている。




本谷集落に広がる棚田と農家

 現在、4集落にはそれぞれ3から10戸の農家が存在する。各家の敷地には主屋や土蔵、隠居部屋などを一列に配し、主屋の正面には狭い庭を設けている。住民は谷を越えた生業活動を日常的に行っており、冠婚葬祭や各種作業など必要に応じて社会組織を柔軟に変化させつつ、大きくは奥内というまとまりで生活を営んできた。また奥内は古くから信仰と関りが深い地域であり、遊鶴羽には「白岩様」、本谷には「赤滝様」、榎谷には「竜王様」と呼ばれる水神が、遊鶴羽と本谷に挟まれた尾根の上には山の神が鎮座するなど、現在も信仰の対象となっている祠が数多く点在している。また奥内薬師堂では例大祭として「お薬師さまの春祭り」が開かれており、仏堂には法要等に用いられる籠堂が付属する。




やや狭い谷間に位置する榎谷集落

 奥内地区を取り囲む山林は自然豊かな松野町内においても特に天然林の占める割合が高く、棚田や生活に欠かすことのできない水の供給源であるのと共に、希少な生態系を育む場所ともなっている。奥内地区の自然環境調査では、定期的な攪乱のある湿地環境を示す植物である「ミズマツバ」や「ホシクサ」、茅場や水田に特有の生態系を示す「カヤネズミ」、羽化後も生息地を離れない蜻蛉である「ヒメアカネ」や農薬の影響を受けやすい「アキアカネ」が確認されている。豊かな森林生態系の指標である「クマタカ」など鷹類も6種が生息するなど優れた里山環境が形成されており、これは長きに渡り良好な状態の棚田が継続して営まれ続けてきたことを示す証左である。

2020年10月訪問




【アクセス】

JR予土線「松丸駅」から森の国バス「蕨生・奥野川方面」で約20分、「奥内集会所前」バス停下車すぐ(バスの本数が少ないので要時刻表確認。日曜祝日運休)。
松丸駅から徒歩約5分の「虹の森公園」にレンタサイクルあり。
松丸駅から車で約15分。

【拝観情報】

散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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四万十川流域の文化的景観 上流域の山村と棚田(重要文化的景観)

【参考文献】

・月刊文化財 平成29年2月(641号)
奥内の棚田及び農山村景観|松野町
森の国松野町景観計画について|松野町