日吉大社西本宮本殿、日吉大社東本宮本殿

―日吉大社西本宮本殿―
ひえたいしゃにしほんぐうほんでん

―日吉大社東本宮本殿―
ひえたいしゃひがしほんぐうほんでん

滋賀県大津市
国宝 1961年指定


 最澄によって創建された天台宗の総本山、比叡山延暦寺。その東に位置する牛尾山(八王子山)に鎮座するのが、全国に3800社以上あるという日吉神社の総本宮、日吉大社である。牛尾山の山麓から山頂にかけてのその一帯、およそ13万坪(約40万平方メートル)もの広大な境内を持つ日吉大社には、安土桃山時代に建てられた数多くの社殿群が所狭しと建ち並び、その中でも日吉大社の中核を担う西本宮と東本宮の本殿が、それぞれ国宝に指定されている。なお、現在では日吉を「ひよし」と読むが、かつては「ひえ」と読んでいた。この「ひえ」とは日枝(ひえ)の山、すなわち比叡山に由来するところである。国宝の名称もまた「ひよし」ではなく「ひえ」という読みが使われている。




日吉大社境内にある鳥居
山王鳥居と呼ばれる日吉大社独特の鳥居である

 日吉大社は牛尾山の山頂に鎮座する磐座(いわくら、神の宿る巨岩のこと)への信仰にその起源を持つ。そして磐座のある牛尾山は、日枝山の神である大山咋神(おおやまくいのかみ)が降り立つ聖なる山として祀られてきた。飛鳥時代の668年には、飛鳥から大津京への遷都が行われ、それに伴い都の鎮守の為に大和の大神神社から大己貴神(おおなむちのかみ)を勧請して大山咋神と共に祀られた。平安時代になると、日吉大社は平安京の北東、すなわち鬼門の位置に当たることから鬼門封じの神社として信仰を集めていく。そして最澄が比叡山に延暦寺を建立すると、比叡山の神を祀る日吉大社は延暦寺の守護神として更なる崇敬を受けるようになり、延暦寺と深い関係を築いていった。




日吉大社西本宮の本殿

 安土桃山時代の元亀2年(1571年)、日吉大社に災難が降りかかる。織田信長による延暦寺の焼き討ちだ。浅井長政(あざいながまさ)、朝倉義景(あさくらよしかげ)連合軍に加担していた延暦寺を忌み嫌い、また当時の僧侶が堕落していたことも相まって、信長は日吉大社のある坂本から比叡山へと攻め込んだ。その攻撃は熾烈極まるもので、僧兵や避難民は徹底的に殺害された。日吉大社の境内もまた戦場となり、この戦いで日吉大社は灰燼に帰した。しかしその後、天下を取った豊臣秀吉により社殿の再建がなされ、日吉大社は見事復興を遂げる。これは秀吉の幼名が「日吉丸」であった事と、日吉大社の神獣が秀吉のあだ名である「猿」であった為だ。秀吉は日吉大社に只ならぬ縁を感じたのだろう。




西本宮本殿と同様の日吉造である東本宮本殿

 国宝指定を受けている西本宮本殿と東本宮本殿は、その時秀吉によって再建されたものである。西本宮の建造年は天正14年(1586年)、東本宮はそれより9年遅れた文禄4年(1595年)。いずれも桁行五間、梁間三間の日吉造である。日吉造とは聖帝造(しょうたいづくり)とも呼ばれる神社建築の様式で、その特徴は切妻平入をベースに正面と左右のみに庇が付くという所にある。それ故、正面から見ると入母屋造のようでありながら、背後に周るとそこには庇が無く、まるで屋根が途中で切り落とされたかのように見えるのだ。日吉造という名が示す通り、この様式は日吉大社でしか見る事のできない独自のもので、存在するのは西本宮本殿と東本宮本殿、および摂社宇佐宮本殿のわずか三棟のみである。




東本宮の本殿背面
後ろのみ庇が無いため、屋根がすっぱり切られているような意匠を持つ

 西本宮の祭神は大神神社より勧請された大己貴神であり、東本宮の祭神は本来の祭神である比叡山の地主神、大山咋神。これら二つの本殿は、一見するとほとんど同じもののように見えるが、唯一、背面の三の間の高さについて、東本宮本殿の方が西本宮本殿より一段高いという点が異なっている。建造年的には西本宮本殿の方が東本宮本殿より古いが、様式的には東本宮の方がより古い様式であるという。どちらも本殿の前には桁行三間、梁間三間、入母屋屋根、妻入の拝殿が建っており、さらにその拝殿の手前には三間一戸の楼門が配されている。これらの拝殿や楼門もまた本殿と同時期に建てられたものであり、重要文化財に指定されている。




東本宮の境内にある樹下(じゅげ)神社の本殿(左)
東本宮拝殿(右)への参道と直交しているのが特徴的だ

 日吉大社は境内108社、境外108社と言われるほどに数多くの摂社、末社を抱える神社である。国宝指定を受けている西本宮本殿と東本宮本殿の他にも、前述の通り、東西本宮と同じ日吉造の本殿を持つ宇佐宮、拝殿と本殿を結ぶラインが東本宮の参道と直角に交わる樹下神社、また牛尾山山頂には牛尾神社と三宮神社が鎮座しており、これらいずれも本殿と拝殿が重要文化財に指定されている。また、少し離れたところには日光東照宮の原形になったと言われる日吉東照宮が建つが、これもまた重要文化財である。日吉東照宮はかつて延暦寺の所属であったが、明治の神仏分離の際に日吉大社の末社に組み込まれた。他にも境内に架かる大宮橋、走井橋、二宮橋の日吉三橋、および社に伝わる7基の神輿もまた重要文化財である。

2007年09月訪問
2017年11月再訪問




【アクセス】

京阪電気鉄道石山坂本線「坂本駅」より徒歩約10分。
JR湖西線「比叡山坂本駅」より徒歩約20分。

【拝観情報】

入苑協賛料(拝観料)300円、拝観時間9時〜16時30分

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