秋篠寺本堂

―秋篠寺本堂―
あきしのでらほんどう
国宝 1953年指定

奈良県奈良市


 平城京の右京、西大寺の北に位置する秋篠寺は、奈良時代末期に創建された奈良時代最後の官寺(かんじ、朝廷により運営が保護されていた仏教寺院)である。平城宮内裏(だいり、天皇の住まい)の右後ろと、通常ではありえない場所に開かれたこの秋篠寺は、時代の節目に建てられたということもあってか、他の奈良時代の官寺とは異なり、朝廷による優遇をさほど受けていなかったと思われる。その為、秋篠寺に関する記録は数少なく、歴史に謎の部分が多い寺院となっている。平安時代末期に火災に見舞われており、今に残る建造物は少ないものの、苔むしたその境内の中心部には、鎌倉時代に再建された古式和様の本堂が静かにたたずんでいる。




一面苔で覆われた、秋篠寺金堂跡

 前述の通り、秋篠寺の歴史は全時代を通じて曖昧である。秋篠寺自体に史料がほとんど残っておらず、その歴史を知るには、他の寺院の史料より秋篠寺に関する記述を編纂し、寺歴を紡ぎ出すしかない。寺伝によると、秋篠寺の創建は奈良時代末期の宝亀7年(776年)、光仁天皇(こうにんてんのう)の勅願により、興福寺の僧侶、善珠(ぜんじゅ)が開いたとされるが、これもまた確証は無い。ただし、平安時代初期に纏められた史書である続日本紀には、宝亀11年(780年)に光仁天皇が秋篠寺へ百戸の封戸(ふこ、受給者に米などを税として納める民)を与えたという記述がある事から、秋篠寺の創建は少なくともそれより前だという事が分かる。




枘(ほぞ)が見事な東塔礎石群

 往時の秋篠寺は、官寺として必要な諸堂が全てそろった大寺院であった。南門、金堂、講堂が南から北に向けて一直線上に並び、また金堂の手前左右には東塔と西塔が対を成して屹立していた。しかし平安時代末期の保延元年(1135年)、兵火によって伽藍が焼け、講堂以外の主要建造物が全て失われてしまった。秋篠寺は唯一焼け残った講堂を本堂とし、金堂や塔などは再建されないままに存続して行く。かつての金堂と東塔の跡には、今もなお礎石が残されており、特に東塔のものは、柱を安定させる為の突起である枘が付いた見事なものである。これらの礎石からだけでも、秋篠寺が他の官寺と比べて見劣りする事の無い、立派な寺院であったことが見て取れる。




奈良時代の建築を思わせる、秋篠寺金堂

 現在の秋篠寺本堂は、平安時代の火災の際に燃えなかった講堂の位置に建っているが、ただしその建物は当時よりのものではなく、後の鎌倉時代前期に建て直されたものである。しかし鎌倉時代の建造とは言えど、その建築様式は奈良時代のものを踏襲しており、鎌倉時代の建物にしては非常に簡素な外観で、内部も床を張らず土間とするなど、全体的に古式を思わせる様相の和様建築となっている。ただし、和様では柱上部に貫き通す頭貫(かしらぬき)以外に貫(ぬき)の工法を用いないのが普通であるが、秋篠寺本堂ではそれ以外の部分にも貫を使っているなど、鎌倉時代に導入された新しい建築技法も細部に見受けられる。




降棟(くだりむね)の鬼瓦と、大棟(おおむね)の鳥休み

 秋篠寺本堂の規模は、桁行五間に梁間四間。屋根は勾配が緩やかな一重の寄棟造であり、本瓦葺きである。大棟の端には鳥休みと呼ばれる円筒状の飾りが付けられており、その大棟の端から四隅に落ちる降棟には、頭頂部に鳥休みを付属した鬼瓦が二つずつ乗っている。軒下の垂木は二軒(ふたのき)で、飛檐垂木(ひえんだるき)も地垂木(じだるき)も角垂木である。奈良時代の二軒は地垂木が丸垂木となるのが一般的なので、これもまた古式とは異なる点である。組物は簡素な平三斗(ひらみつど)。中備(なかぞなえ)には間斗束(けんとづか)が入る。正面五間のうち、中央三間には格子戸が開かれ、両端の間には格子の並ぶ連子窓(れんじまど)が設けられている。




軒下の組物や建具は非常にシンプルな意匠である

 本堂の内部には、本尊の薬師如来坐像を始め数多くの仏像が祀られているが、中でも特に著名なのが、伎芸天(ぎげいてん)立像である。伎芸天は芸能を司る天女であるが、その像は多くは作られず、日本に現存する伎芸天像としてはこれが唯一のものである。元は奈良時代に作られた脱活乾漆造であったが、平安時代の火災の際に頭部のみしか運び出すことができず、首から下は鎌倉時代に寄木造で補われたものである。しかし、やや首をかしげ、腰をひねって立つそのプロポーションは素晴らしく、全体として違和感の無い見事な仕上がりとなっている。このように、頭部のみが奈良時代の作で、体部分は鎌倉時代の作という仏像が全部で四躯残されており、秋篠寺で火災があった証左となっている。

2010年04月訪問




【アクセス】

近鉄奈良線「大和西大寺駅」から奈良交通バス「押熊行き」で約5分、「秋篠寺バス停」下車すぐ。

近鉄京都線「平城駅」から徒歩約15分。

【拝観情報】

拝観料500円、拝観時間9時30分〜16時30分。
中学生以下の拝観は不可。