新薬師寺本堂

―新薬師寺本堂―
しんやくしじほんどう
国宝 1952年指定

奈良県奈良市


 奈良盆地の東北部、春日大社が鎮座する御蓋山(みかさやま)。その南側に広がる高畑町は、春日大社の神官たちが住居を構えていた社家町である。奈良時代に創建された新薬師寺は、現在静かな住宅街であるその高畑町に存在する。小ぢんまりとした新薬師寺の境内には、奈良時代建造の本堂を中心として、鎌倉時代の建造物が密度濃く配されている。特に本尊の薬師如来坐像と、それを守護する十二神将像を安置する本堂は、貴重な天平建築の遺構として国宝に指定されている。なお、新薬師寺の「新」とは「新しい」という意味ではなく、「霊験新たか」という意味である。また、奈良の西ノ京には薬師寺が存在するが、これは名前が似ているだけで両寺に関係があるわけでは無い。




八重桜と新薬師寺本堂

 平安時代末期の長承3年(1134年)に編纂された東大寺要録によると、新薬師寺の起こりは天平19年(747年)、光明皇后(こうみょうこうごう)が眼病を患った聖武天皇(しょうむてんのう)の平癒を願い、創建したとされる。8世紀後半には、本尊の薬師如来像を安置する金堂を始め、東塔や西塔など、数多くの堂宇が配された、壮大な伽藍が完成していたという。その規模は、四町(約436メートル)四方の非常に広大なものであった。しかしながら、伽藍の完成直後である宝亀11年(780年)に西塔へと雷が落ち、境内はたちまち炎に包まれ、ほとんどの堂宇が焼失するという憂き目に遭う。また10世紀には台風の被害を受け、金堂が倒壊するといった被害を受けた。




漆喰塗の袴腰が珍しい、鎌倉時代建造の鐘楼

 以降、新薬師寺は衰退して寺域を大幅に失ってしまうものの、鎌倉時代には華厳宗の高僧である明恵(みょうえ)上人によって再興がなされ、境内の再整備がなされた。まず、宝亀11年の落雷火災を免れた、創建時からの建物である食堂(じきどう)を改造して本堂とし、その周囲には諸堂や門などの建物を新たに建立した。現在にまで残る観音堂(元地蔵堂)、鐘楼、東門、南門は、この再興の際に建てられた建造物であり、いずれも鎌倉時代の建築の様相を今に伝えるものとして、それぞれ重要文化財に指定されている。その後も新薬師寺は江戸幕府による庇護の下、また庶民の信仰の支えもあって、現在にまで存続していった。




本堂の意匠は古式らしく、簡素ながら優美だ

 現本堂の屋根は一重の入母屋造で、本瓦葺である。屋根の傾斜が非常に緩やかだが、それは天平建築の特徴である。規模は桁行七間に梁間五間。ただし、建物の身舎(もや)自体は桁行五間に梁間三間で、その周囲に一間の庇を取り付けた構造となっている。正面中央三間と、左右、背後の中央一間に戸を設け、それ以外は全て白壁となっており窓は無い。柱の上の組物は、大斗(だいと)の上に肘木(ひじき)が乗るだけであり、その間に入る中備(なかぞえ)も間斗束(けんとづか)と簡素なものだ。全体的にシンプルな意匠となっている。垂木は二段になっている二軒(ふたのき)で、下部の地垂木(じだるき)が丸垂木になっているが、これもまた古式の特徴である。




本堂の西側面

 本堂の内部は、天井を張らずに垂木を見せる化粧屋根となっており、外見よりも高さがあるように感じられる。床は瓦の敷かれた土間で、その中央には漆喰で固められた巨大な円形の仏壇が設けられているが、このような形式の仏堂はなかなか無く、珍らしい形式であるという。前述の通り、この本堂はかつては別の用途で使われていた建物だが、中央部分が広め目に作られており、元々このような円形仏壇を据えることを想定していた節がある事から、この建物は食堂ではなく、密教の修法が行われていた壇所(だんしょ)であったのではないかという説もある。その仏壇の正面には、本尊の薬師如来坐像が鎮座し、その右手から円を描くように十二神将立像が安置されている。




緩やかな屋根の勾配が、天平の風情を醸す

 創建当時の本尊は、宝亀11年の落雷火災によって金堂と共に焼失しており、現在の本尊である薬師如来坐像(国宝)は、その後の平安時代初期に作られたものである。1.91メートルと巨大だが、榧(かや)の一木造である。通常より目が大きいのが特徴的だが、これは新薬師寺が聖武天皇の眼病平癒を祈願する為に創建された事による。その胎内からは八巻の法華経が発見されており、それもまた本尊の附けたりとして国宝指定を受けている。円形仏壇の周囲に配された十二神将立像(国宝)は、奈良時代に作られた塑像であり、最古の十二神将像として非常に貴重。ただし十二神将のうち宮比羅(くびら)大将(寺伝では波夷羅(はいら)大将)は、安政元年(1854年)の地震で失われており、現在のものは後の捕作である。

2006年12月訪問
2010年04月再訪問




【アクセス】

JR奈良線「奈良駅」から徒歩約45分。

近鉄奈良線「近鉄奈良駅」から徒歩約45分。

JR奈良線「奈良駅」または近鉄奈良線「近鉄奈良駅」から
市内循環バスで「破石町バス停」下車、徒歩約10分。

【拝観情報】

拝観料600円、拝観時間9時〜17時。

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