教王護国寺金堂、教王護国寺五重塔

―教王護国寺金堂―
きょうおうごこくじこんどう
国宝 1953年指定

―教王護国寺五重塔―
きょうおうごこくじごじゅうのとう
国宝 1952年指定

京都府京都市


 平安時代、平安京の正門である羅城門の東西に、国家鎮護の為の寺院が二ヶ寺築かれた。東寺(教王護国寺)と西寺である。西寺はその後の時代に廃寺となったが、東寺は弘法大師空海の寺として根強く支えられ、現在にまで続いていった。その境内は東西2町(約250メートル)南北4町(約510メートル)の範囲を築地塀で囲み、南北一直線上に南大門、金堂、講堂、食堂を配している。また境内の南東には堂々たる高さの五重塔が屹立する。主だった建造物は室町時代以降の再建であるものの、その配置や建物の規模は平安京の頃より変わっていない。現在、東寺に残る多くの建造物が文化財に指定されているが、特に中心伽藍の建造物の中では金堂と五重塔が国宝に指定されている。




瓢箪(ひょうたん)池より見る当時の金堂と五重塔

 794年(延暦13年)、奈良仏教勢の政治介入を嫌った桓武天皇は、既存の仏教勢力を排除する為、京都盆地への遷都を宣言した。しかしながら、寺院は国家を安泰に導く為に不可欠な要素でもある。そこで桓武天皇は、都を守護する官寺を二ヶ寺だけ置く事にした。そのように、平安京造営の一環として建てられた東寺は、南北朝時代に編纂された東寺の記録書である「東宝記」(国宝)によると、遷都直後の延暦15年(796年)、藤原南家の一族である藤原伊勢人(ふじわらのいせんど)を造営長官として、建立されたのだという。その後の弘仁14年(823年)には、嵯峨天皇が弘法大師空海に東寺を賜り、東寺は国家鎮守の為の官寺であると共に、真言密教の根本道場と相成った。




教王護国寺(東寺)金堂

 東寺の中心を担うのは、本尊の薬師如来坐像を祀る金堂である。しかし創建当時の金堂は、室町幕府の力が揺らいでいた文明18年(1486年)、土一揆によって焼き払われてしまった。その後しばらくは金堂が無いままとなっていたが、桃山時代末期の慶長8年(1603年)に豊臣秀頼(とよとみひでより)が再建し、それが今にまで残されている。礎石をそのまま再利用した為、建物の規模は当初と同じ桁行七間に梁間五間。屋根は本瓦葺の入母屋造である。外観では二重のように見えるが、下の屋根は裳階(もこし)と呼ばれる庇であり、一重の建物となっている。鎌倉時代に宋より伝わった大仏様の特徴が見られる建築で、東大寺大仏殿の再建の際にそのモデルとなったとも言われている。




大仏様の挿肘木(さしひじき)と、それに乗る通肘木(とおしひじき)が印象的だ

 東寺金堂に見られる大仏様の特徴は、手前に伸びる挿肘木を多段に重ねた裳階軒下の組物と、貫を多用した構造などである。しかしこの金堂は純粋な大仏様というわけではなく、禅宗様の拳鼻(こぶしばな)が見られたり、上層の組物は尾垂木(おだるき)を持つ和様の四手先であるなど、各様式がミックスされた建造物となっている。正面の建具は連子窓と扉が交互に並ぶ珍しいスタイルで、中央間の上方には本尊の尊顔が拝める小窓が設けられている。内部は天井までの高さが12メートルと広々しており、幅の広い須弥壇には本尊の薬師如来坐像とその脇侍である日光、月光菩薩立像が安置されている。これらもまた本堂再建時に作られたもので、重要文化財に指定されている。




京都のランドマーク、教王護国寺(東寺)五重塔

 金堂の背後に立つ講堂は、土一揆で焼失した直後の延徳3年(1491年)に再建されたものだ。桁行九間に梁間四間、純和様の建築で重要文化財に指定されている。その内部には、大日如来を中尊とする五智如来像を中心とし、その東に金剛波羅蜜多(こんごうはらみた)菩薩を中尊とする五大菩薩像、西に不動明王を中尊とする五大明王像、須弥壇の東端には梵天像、西端には帝釈天像、そして四隅に四天王像を配した、総勢21体の諸尊像が安置されている。これらは、弘法大師空海が密教の教えである曼荼羅を立体的に表現する為に作り上げた羯摩(かつま)曼陀羅、いわゆる立体曼荼羅だ。これら21体の仏像のうち土一揆の際にも焼失を免れた15体が国宝に指定されている。




日本古来の建築技法である純和様を守る塔である

 東寺のシンボルと言うべき五重塔は、総高54.8メートルと現存する木造塔の中では日本一の高さを誇る。初代の五重塔は、弘法大師空海によって建造されたものであったが、落雷火災や原因不明の出火などによって計4回焼失している。現在のものは5代目で、江戸時代前期の寛永21年(1644年)、徳川家光の寄進によって建てられたものだ。その意匠は伝統的な純和様の様式で、逓減率(ていげんりつ、上層になるに従い幅が狭まる率)が低く、均整が取れてどっしりと安定感がある。建築技術が未熟であった古代の頃は、バランスを取る為に下層より上層の幅を小さくしていたが、建築技術の進んだ江戸時代には、下層も上層もほぼ変わらぬ幅で建てられるようになったのだ。

2007年04月訪問
2010年10月再訪問




【アクセス】

「京都駅」より徒歩約15分。
近鉄京都線「東寺駅」より徒歩約5分。

【拝観情報】

拝観料500円(特別公開期間は800円)。
拝観時間は3月20日〜9月19日が8時40分〜17時30分(入場は17時まで)、9月20日〜3月19日が8時30分〜16時30分(入場は16時まで)。

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