妙喜庵茶室(待庵)

―妙喜庵茶室(待庵)―
みょうきあんちゃしつ(たいあん)

京都府乙訓郡大山崎町
国宝 1951年指定


 京都と大阪の境に位置する山崎は、平安時代より油の製造で栄え、油商人で賑わった歴史のある土地である。安土桃山時代には、明智光秀が本能寺で織田信長を倒したそのわずか11日後に、備中の高松城から引き返してきた豊臣秀吉軍によって討たれた「山崎の戦い」の舞台でもある。その戦いの重要拠点であった天王山の麓、そこにたたずむ妙喜庵という寺院は、待庵いう名の茶室がある事で知られている。現在犬山に存在する如庵(にょあん)、大徳寺の塔頭である龍光院の密庵(みったん)と共に三名席と称されている待庵は、侘び茶の完成者である千利休(せんのりきゅう)が建てた現存唯一の茶室であり、その精神を如実に表した茶室として国宝に指定されている。




JR山崎駅前に構えられた妙喜庵の表門

 妙喜庵は室町時代の明応年間(1492年〜1501年)、春嶽士芳(しゅんがくしほう)によって創建された、臨済宗東福寺派の寺院である。春嶽禅師は東福寺の開山である聖一国師(しょういちこくし)こと円爾(えんに)の法嗣(ほうし、禅宗における弟子の事)であった人物だ。また一説には、同時代において連歌を大成した山崎宗鑑(やまざきそうかん)が隠遁した庵を寺院にしたとも伝えられているが、宗鑑の旧居跡と伝わる地は別の場所にも存在し、事実は定かではない。その後、妙喜庵第三世住持、功叔士紡(こうしゅくしぼう)の時代に、この山崎の地で山崎の戦いが勃発。その戦いが秀吉の勝利で決着した後も、秀吉は一年間、この山崎の地に滞在していた。




妙喜庵の本堂として使われている書院

 待庵は秀吉が山崎に逗留していた際に千利休を呼んで作らせた茶室であり、その後に妙喜庵へ移築された。また、利休は山崎の地にも屋敷を構えており、待庵はその利休の山崎屋敷から移築された茶室であるという説もある。どちらを採るにせよ、待庵が利休が作った茶室であるという事は変わらず、事実、待庵は茶の湯における利休の思想を体現した茶室に仕上がっている。誰もが茶をたしなむ事ができるよう、それまで貴人の茶の湯にて用いられていた高価な茶器を廃し、質素かつ狭隘に作られた空間において、茶事を通じて己を高めるという、侘び茶の精神を突き詰めた名席中の名席である。またこの待庵は、後に住宅などに影響を与えた数奇屋造の原型でもあり、建築学的にも重要だ。




書院の広縁と庭園

 待庵は妙喜庵書院の南東端に接続されている。待庵に続くこの書院は、開山の春嶽禅師が妙心寺の塔頭である霊雲院の書院をモデルとして文明年間(1469年〜1486年)に建てたものであるとされており、重要文化財に指定されている。細めの木材が用いられた書院造の建物で、その規模は一間幅の広い桁行二間、梁間三間である。中央の間は仏間で、その正面には妙喜庵の本尊である聖観音像と千利休像が祀られている。屋根は杮(こけら)葺の切妻屋根。庭園に面したその正面には、広縁が設けられている。この広縁の東端には木扉が設けられており、そこには江戸時代初期の絵師、狩野山雪(かのうさんせつ)の作と伝わる雪中古木と鳥の絵が描かれている。




書院から続く待庵と露地
なお、待庵内部の撮影は禁止されている

 亭主に招かれた客は、書院から露地の飛び石を渡って待庵の南側へと回り込む。待庵の屋根は杮葺きの切妻屋根で、入口にあたる南側には半間幅の土庇が付属し、その右下方に躙口(にじりぐち)が設けられている。客は、躙口の右手前に設けられた刀掛けに刀を置き、躙口から這うように茶室内へと入るのだ。頭を下げねば入れないこの躙口は、茶室においては身分の隔て無く、全ての人間が平等であるという思想の元に考案されたもので、この待庵が躙口を持つ最初の茶室であるという。他にも、この小さな入口では帯刀したまま入る事ができず、また屈んで入る為狭い内部が広く見えるなどという効果もあり、以降は茶室の標準的な入口として用いられるようになった。




もう一つの書院「明月堂」から見る西側の露地と待庵
秀吉の袖が振れた事から名が付けられた「袖摺りの松」の三代目が生えている

 待庵はわずか二畳という極小の「茶室」、及び一畳と細い板を敷いた「次の間」、水屋である一畳の「勝手の間」の三室から成る。躙口から茶室内部に入ると、その正面には簡素な床が設けられている。これは奥の柱が塗り籠められた室床(むろどこ)で、かつては利休の書がかけられていたという。壁は藁を混ぜた荒壁で、下部には和紙を張った素朴なものだ。東側には四角い下地窓が二つ、南側の躙口上部には連子窓が開かれ、室内に光を採り込んでいる。次の間と勝手の間にも、一つずつの下地窓が設けられている。亭主は勝手の間で仕度をし、次の間を通って茶室に入る。茶室の左奥に設けられた隅炉で火を熾して茶を沸かし、一人、もしくは二人の客をもてなすのだ。

2010年12月訪問




【アクセス】

JR東海道本線「山崎駅」すぐ。
阪急京都本線「大山崎駅」より徒歩約3分。

【拝観情報】

拝観は1ヶ月以前に往復はがきで予約する必要がある。
志納金1000円。

【関連記事】

如庵(国宝建造物)