孝恩寺観音堂

―孝恩寺観音堂―
こうおんじかんのんどう

大阪府貝塚市
国宝 1953年指定


 大阪府は泉南の貝塚市、和泉と紀伊を分かつ和泉山脈の主峰としてそびえる和泉葛城山の北麓に、木積(こつみ)と呼ばれる地域がある。奈良時代の高僧である行基(ぎょうき)が、畿内四十九院を建立するに伴って、木材の集積場を設けた事からその地名が付いた木積には、浄土宗の仏教寺院、慈眼山孝恩寺が静かにたたずんでいる。孝恩寺の境内には、鎌倉時代の後期に建てられたという観音堂が今もなお現存しており、それは古くより「木積の釘無堂(くぎなしどう)」と呼ばれ、人々に親しまれてきた。その建築様式は日本古来の和様を貴重としながらも、大陸より伝来した禅宗様を取り入れた折衷様であり、また中世の密教仏堂を伝える貴重な建造物として、国宝に指定されている。




正面から見た孝恩寺観音堂
中央三間が禅宗様の桟唐戸、両脇間には連子窓が入る

 この観音堂は、今でこそ孝恩寺の本堂としてあるものの、元は孝恩寺の建物ではなく、観音寺という名の寺院の仏堂として建てられた。観音寺は奈良時代の神亀3年(726年)、堺出身の行基によって創建された四十九院の一つで、木積観音と称されていたと伝わる。往時の観音寺は七堂伽藍を備えた大寺院であったが、室町時代の明徳の乱にて戦火を被り焼失。また安土桃山時代の天正13年(1585年)には、豊臣秀吉が紀州の根来寺に攻め入った際に、根来寺の末寺であった観音寺もまた焼き討ちを受け、観音堂以外の建物全てが烏有に帰した。その後も観音寺は続いたが、明治22年に廃寺となり、その後の大正3年に孝恩寺と合併して、観音堂は孝恩寺帰属となったのだ。




屋根は丸瓦に段差が見て取れる行基葺きだ

 観音堂の規模は桁行五間に梁間五間。屋根は一重の寄棟造で、丸瓦と平瓦を組み合わせた本瓦葺きである。しかしながら、この観音堂に用いられている丸瓦は一般的なものではなく、先細りした古式の丸瓦が使用されている。一般的な丸瓦を使用した本瓦葺きでは、丸瓦同士がぴったりはまるのに対し、こちらは瓦同士に段差が生じ、重ね合わせが見えるのだ。このような屋根を、行基葺きと呼ぶ。行基葺きの建造物は数少なく、この孝恩寺観音堂の他には、奈良県の元興寺極楽坊本堂、大分県の富貴寺大堂など、僅かしか存在しない。なお、観音堂の屋根瓦からは大永7年(1527年)の銘が発見されており、室町時代末に屋根の葺き替えを含む修理が行われた事が判明している。




側面は手前三間のみ連子窓が入れられている

 正面中央三間と背後の中央間には桟唐戸(さんからど)が、正面の両脇間と左右の手前三間には連子窓(れんじまど)がはめられている。屋根瓦が行基葺きであったり、正面に向拝を付けないその意匠は、古代の仏堂を彷彿とさせる。建築様式もまた日本古来の和様を基調としているものの、長押(なげし)を用いず貫で柱が固められていたり、また建具に桟唐戸が用いられ、内部の天井も板張りの鏡天井であるなど、大陸由来の禅宗様が随所に取り入れられた建築となっている。また、貫の末端に施されている木鼻の彫刻は、大仏様のものだ。観音堂が建てられた正確な時期は不明であるが、それら新様式の手法が用いられている事により、鎌倉時代後期に再建されたと考えられている。




多様な彫刻が施された蟇股

 組物は出三斗(でみつど)で、柱間の中備(なかぞえ)は正面が蟇股(かえるまた)、側面と背面には間斗束(けんとづか)が入れられている。また、建物の周囲には濡縁が巡らされている。内部は梁間五間のうち前方二間が礼堂(らいどう)で、後方三間のうち桁行三間、梁間二間を内陣とし、内陣を取り囲む脇間と背後一間を外陣とする。礼堂と内陣は蔀戸(しとみど)と欄間によって明確に区切られているが、これは密教寺院の仏堂建築に見られる特徴だ。天井は堂内の周囲一間が垂木をそのまま見せた化粧屋根裏、それ以外は前述の通り鏡天井である。観音堂とは言うものの、浄土宗の孝恩寺の本堂として用いられている現在、その内陣に祀られている本尊は阿弥陀如来像だ。




象型の彫刻が施されている大仏様の木鼻

 また、孝恩寺には平安時代に造立された19体の仏像、および一枚の板絵の天部像が現存している。これらは、室町時代に観音寺が戦火を被り伽藍が全焼した際、近隣の住民たちによって運び出され、近くの池に投げ込まれた事で焼失を免れたと伝わる。その多くが9世紀から10世紀と、平安時代の中でも早い時期に刻まれた、弘仁・貞観文化の仏像だ。奈良時代の天平文化における塑像や乾漆造の仏像から、平安時代後期の国風文化における寄木造仏像へと遷移する過渡期のものであり、その時代の仏像の特徴として単一の木から彫り出された一木造である事が多く、孝恩寺の仏像もまたカヤの一木造が多い。その価値は高く、全てが重要文化財に指定されている。

2010年11月訪問
2011年01月訪問




【アクセス】

水間鉄道「水間観音駅」から徒歩約20分。

【拝観情報】

境内自由(内部拝観は要予約)。

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