大宝寺本堂

―大宝寺本堂―
たいほうじほんどう

愛媛県松山市
国宝 1953年指定


 愛媛県の県庁所在地、松山市。その市街地の中心部にそびえているのが、松山市の象徴のひとつ、松山城だ。その松山城の天守が建つ城山の真西に、その名もずばり、西山という名の丘陵が存在する。現在は大峰ヶ台とも呼ばれ、その大部分が松山総合公園となっている西山の南麓には、真言宗豊山派の仏教寺院、古照山大宝寺が存在する。決して大きくはない、こぢんまりとした寺院であるものの、草木に囲まれた石段を上り詰めたその先には、古式の様相を呈する落ち着いたたたずまいの本堂が建っている。それは平安時代末期に流行した阿弥陀堂建築の様式を用い、鎌倉時代の初期に建てられたと考えられるもので、四国屈指の古建築として国宝に指定されている。




こぢんまりとしたたたずまいの大宝寺山門

 寺伝によると、大宝寺の創建は飛鳥時代末期の大宝元年(701年)、伊予の豪族であった越智玉興(おちたまおき)が開いたとされている。大宝寺という寺名は、この創建年の年号から取られたものだ。その後の沿革は不明な点が多いが、江戸時代には松山藩主の祈願所として庇護を受け、また貞享2年(1685年)には四代藩主の松平定直(まつだいらさだなお)によって本堂の修理が行われている。第二次世界大戦においては、昭和20年の松山大空襲によって被害を受け、大宝寺の建造物の多くが焼失してしまったが、幸いにも本堂は無事であった。その空襲の際、本堂の西隣にある池にも焼夷弾が落ち、本堂の西壁にはその焼夷弾の破片が今もなお突き刺さったままである。




緩やかな勾配の屋根に蔀戸と、古式の風情を醸す大宝寺本堂

 平安時代末期、仏陀の立教より1000年が経つと、仏法が及ばない世界になるという末法思想が貴族や庶民の間にも広まり、死後の救済を願う浄土信仰が広く流行した。人々は西方浄土の世界を表現した阿弥陀堂を各地に建て、阿弥陀如来による救いを求めたという。その阿弥陀堂建築は、方一間の身舎(もや)の周囲に一間幅の庇を巡らせた、方三間の一間四面堂が基本であるが、大宝寺の本堂はその変形であり、やや時代が下った鎌倉時代初期の建立と考えられている。通常の阿弥陀堂建築と同様、正方形の平面を持つ建物であるが、桁行は三間なのに梁間は四間と奥行きの方向に柱が一本多く、すなわち横幅と奥行きで柱間の長さが異なるという点が特徴的である。




正方形の平面だが、横幅と奥行きで柱の本数が異なっている

 その屋根は、一重の寄棟造で本瓦。柱はすべて円柱で、組物は四隅にだけ舟肘木が入れられている。建具は正面三間に蔀戸(しとみど)を吊るし、左右の手前一間と背後の中央間に板戸を入れるなど、平安時代における建築の特徴を呈している。内部は、手前一間の高さをわずかに下げて外陣とし、後ろより三間を内陣としている。阿弥陀堂建築の通例通り、内陣には柱が四本建てられているが、それは桁行の柱とも梁間の柱とも柱筋が異なっており、柱が一直線上に並んでいない。なお、内陣の奥に安置されている厨子は、室町時代の作。軒唐破風の付いた杮(こけら)葺きの屋根を持つ立派なもので、貞享2年(1685年)の修理棟札と共に、本堂の附けたりとして国宝に指定されている。




意匠的には平安時代の建築そのものだ

 なお、その厨子に祀られている本尊は、かつては秘仏であり、寺には永いこと薬師如来として伝えられてきていた。しかしながら、本堂が阿弥陀堂建築の様相を示している通り、実際に祀られていたのは阿弥陀如来の坐像である。この像は平安時代末期に作られた寄木造の木像で、定朝(じょうちょう)風の刀法を見せている。また、同じく本堂には、平安時代初期に作られた、貞観様式の特徴を見せる一木造の阿弥陀如来坐像と、同じく平安時代に作られた、地方色豊かな一木造の釈迦如来坐像が鎮座しており、いずれも重要文化財に指定されている。ところで、本堂の右手前には「うば桜」と呼ばれる桜の木が枝を伸ばしているが、これには次のような伝説が語られている。




大宝寺本堂の前に茂る「うば桜」

 かつてこの地に、角木(すみき)長者という長者がいた。長者は子宝に恵まれなかったが、大宝寺の薬師如来に祈ったところ、女児が生まれたという。その子は「露」と名付けられ、乳母によって大事に育てられたが、ある日突然、乳母の乳が出なくなってしまう。再度薬師如来に祈ると、母乳が出るようになり、長者はそのお礼として堂宇を建てた。それが、大宝寺の本堂であるという。その後、露が病に倒れた際、乳母は自らの命と引き換えに露の命を助けてくれと薬師如来に願った。露は助かったものの、代わりに乳母が「本堂前に桜を植えてくれ」と言い残して死んでしまう。その遺言通り、角木長者が桜を植えたところ、乳母の乳房のような花が咲き、その色は母乳のように白かったという。

2010年03月訪問
2011年06月際訪問




【アクセス】

JR予讃線「松山駅」より徒歩約20分。
JR予讃線「松山駅」より伊予鉄道バス「津田団地前行き」で約5分「大宝寺口バス停」下車、徒歩約5分。

【拝観情報】

境内自由。

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