旧開智学校校舎

―旧開智学校校舎―
きゅうかいちがっこうこうしゃ

長野県松本市
国宝 2019年指定


 旧開智学校校舎は明治9年(1876年)に地元の大工である立石清重(たていしせいじゅう)によって築かれた学校建築である。日本古来の伝統技術を駆使しつつ西洋建築を再現した「擬洋風建築」の代表例であり、洋風を基調としつつも随所に和風の意匠が見られるのが特徴だ。明治初頭に数多く築かれた擬洋風校舎の中でも特に独創性が豊かで優れた意匠を見せており、内部も廊下で動線を確保しつつ用途に応じた部屋を整然と配しているなど高い計画性と完成度を有している。文明開化期における近代教育の始まりを象徴する擬洋風校舎として深い文化史的な意義を有していることもあり、校舎1棟が国宝に、また建築関係資料(文章56点、図面7枚)が附けたりとして国宝に指定された。




屋根に載る八角形の塔屋
内部は二重円状に格縁を設けた格天井張であるという

 開智学校は明治6年(1873年)に筑摩県(信濃中南部および飛騨)の中核となる小学校として創建され、松本城南側の女鳥羽川(めとばがわ)左岸に位置する全久院(廃仏毀釈により廃寺)の建物を仮校舎として利用していた。明治9年に校舎を築くにあたり、松本藩の出入り大工を出自とする立石清重は東京の開成学校など洋風建築を調査し、それらを模範として設計を行った。当初は東面して建ち、その背面北側からも校舎が伸びる逆L字形の平面であった。その後の昭和3年(1928年)に背面の校舎が改築され、また昭和34年(1959年)に女鳥羽川が氾濫して校地が使用不能となったことから松本城の北側へ移転することとなり、旧校舎は昭和39年(1964年)に現在地に南向きに改め移築された。




南東方向から見る旧開智学校校舎
四隅と腰の部分は黒く塗って目地を切り、石造建築を模している

 旧開智学校校舎は木造二階建ての寄棟造、正面中央のやや東寄りに二層の車寄を備え、屋根は桟瓦葺で塔屋を載せる。外壁は白漆喰で塗り篭められており、灰墨を混ぜて黒く着色した鼠漆喰で四隅の隅石積と腰部分の布石積を表現しており、また一階と二階の境界には胴蛇腹、二階軒には軒蛇腹を廻らすなど石造の洋風建築を模している。各壁面には内部の間仕切り構造とは関係なく縦長の窓を等間隔に配しており、正面の窓は唐戸状のパネルシャッターを外開きに、ガラス窓を内開きに設けている。このような唐戸状のパネルシャッターは旧開智学校校舎の他には山梨県甲府市の旧睦沢学校校舎(重要文化財)しか残っておらず、特異な形式となっている。




旧開智学校校舎で最も象徴的な車寄の意匠

 外観における最大の特徴は車寄から塔屋にかけての意匠であろう。一階は正面内法貫の上に寺院から転用したと思われる龍の彫刻を、両側面には雲紋彫刻の蟇股を飾っている。玄関として唐戸を開き、周囲の欄間などにガラスを嵌め、扉枠には雷門と桜花をあしらった連続文様を描いている。二階は露台の正面に瑞雲の彫刻を飾り、唐破風屋根には天使の彫刻が施された額を掲げている。唐戸の上部にある半円形の欄間にはステンドグラスが入れられ、窓枠には洋風建築の意匠から着想を得たと思われる金属細工風の装飾が施されている。塔屋は八角形の各隅に柱形を表し、窓枠や腰を石造風にかたどるなど洋風を基調としているが、その周囲に巡らせた高欄は和風の唐草彫刻で飾っている。




二階の南東部に位置する講堂
中廊下との間に壁を設けず、広々とした空間を作り出している

 内部の一階は東西に中廊下を通し、玄関から背面への廊下と直交させ、交点の南東側に教員控所(教員室)、北東に小使所(用務員室)や賓客用の回り階段など、西半には教場(教室)四室などを配している。二階も中廊下を東西に通し、南東側を広い講堂としているが、講堂と中廊下の間には壁を設けず多人数での利用に対応している。二階の西半もまた教場四室となっているが、このうち北東の一室は明治13年(1880年)の天皇行幸の際に上段の間が設えられた。このように旧開智学校校舎は教場と管理部門の区画が明確に分けられており、中廊下による動線の確保や十分に確保された天井の高さなど、学校建築の規格化が未整備な当時において、先駆的な計画性を備えている。




東側から見る一階の中廊下
廊下の交点に施された天井飾りや立派な丸太柱の回り階段など、見どころは多い

 いずれの部屋も天井は和紙を五層に重ねた紙張りであり、同時代の学校建築が旧来の竿縁天井や根太天井であるのと比較しても先駆的だ。教場の入口は片開きの板戸が基本であるが、講堂などの要所では洋風の板戸や寺院から転用した桟唐戸を用いている。回り階段の支柱にはケヤキの丸太柱が用いられているが、これもまた寺院の古材である。旧開智学校校舎の建設には約1万1千円(現在の価値で1億円以上)の費用がかかったが、そのうちの7割は地元住民からの寄付であり、寺院古材の売却金や、古材の再利用も積極的に行なって築き上げられた。また図面や見積書など数多くの資料によって、設計や意匠考案の様相、学校建築としての成立過程が詳細に分かる点でも貴重である。

2007年04月訪問
2021年03月再訪問




【アクセス】

JR篠ノ井線「松本駅」から松本周遊バス「タウンスニーカー北コース」で約20分、「旧開智学校」バス停下車、徒歩約1分。
JR篠ノ井線「松本駅」からアルピコ交通バス「北市内線 西回り」で約5分、「蟻ヶ崎高校前」バス停下車、徒歩約5分。
JR篠ノ井線「松本駅」から徒歩約25分。

【拝観情報】

拝観料:大人400円、中学生以下200円。
拝観時間:9時〜17時(入館は16時30分まで)。
休館日:3月〜11月は第3月曜日(休日の場合は翌日)、12月〜2月は月曜日(休日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日。

【参考文献】

・月刊文化財 令和元年8月(671号)
・旧開智学校校舎パンフレット