上高地

―上高地―
かみこうち

長野県松本市
特別名勝 1952年指定
特別天然記念物 1952年指定


 北アルプスこと飛騨山脈の南部、3000メートル級の高峰に抱かれ流れる梓川(あずさがわ)。その川の流れに沿って開けた、標高約1500メートルの地点に広がるS字型の盆地が上高地である。奥行き約10キロメートル、最大幅は約1キロメートルの範囲に渡る上高地には、梓川の清流が作り出した豊かな湿地と森林が広がっており、そこに見られる水生植物、湿原植物、高山植物などの植生は、極めて特異な自然景観を織り成している。背後に連なる峻険な山々の眺望も相まって、上高地は日本屈指の山岳景勝地を誇り、その盆地を取り囲む焼岳から奥穂高岳、槍ヶ岳、大天井岳、常念岳、蝶ヶ岳、霞沢岳に至る稜線の内側全域が、特別名勝および特別天然記念物に指定されている。




大正池から見る焼岳
この大正池にも既に土砂が堆積しつつあり、いずれは元の川に戻るという

 北アルプスは河川や氷河による浸食が著しく、切り立った山々に深い峡谷が走る、極めて険阻な山脈である。また火山活動も活発であり、山脈に沿って乗鞍火山帯が存在している。現在の上高地が形成されたのはおよそ2万年前。焼岳や白谷山などの火山が激しい噴火を起こし、大量の土石流が谷に流れて梓川を堰き止め、湖を作り出した。そこに上流から運ばれてきた土砂が堆積し、平地となったのである。そのように生まれた上高地には、梓川が縦横無尽に流れて湿原を成し、明神池や田代池などの湖沼を形成している。なお、焼岳の火山活動は現在もなお活発であり、大正4年(1915年)に起きた噴火では、その土石流が梓川を堰き止め、新たに大正池を生み出した。




小梨平の森林越しに見る岳沢

 上高地は、ブナやミズナラなどが茂る落葉広葉樹林帯と、シラビソやトウヒなどが茂る亜高山帯針葉樹林の境界高度に位置しており、それらが混在した森林を目にする事ができる。その植生は非常に豊富で、初夏にはニリンソウやエゾムラサキ、夏にはヤチトリカブトやマルバダケブキ、秋にはフジアザミなどの様々な花々が咲き乱れ、訪れる者の目を楽しませている。またそれらの蜜を求めて蝶も多く、上高地には50種類以上もの高山蝶が生息しているという。秋から冬にかけては、水際に生育するケショウヤナギの木がその小枝を真っ赤に染め、冬の上高地の風物詩となっている。このケショウヤナギは、国内では北海道の日高、十勝地方と上高地にしか自生しておらず、貴重なものだ。




六百山の伏流水が湧き出る田代池

 江戸時代以前の上高地は、主に猟師や木こりによる生業の場であった。また江戸時代の後期には、松本藩によって大規模な樹木の伐採が行われており、故に現在の上高地には、原生林と呼べる森は現存しない。近代に入り、明治18年(1885年)には森林を伐採したその跡地において上高地牧場が始められたが、次第に自然保護意識が高まり、明治42年(1909年)には高山植物の採集が禁止とされ、また大正4年にはカラマツの植林が行われている。国立公園法制定後の昭和9年(1934年)には中部山岳国立公園の一部となり、同年に上高地牧場も閉場、そして戦後の昭和27年(1952年)には特別名勝および特別天然記念物の指定を受け、最上級の保護を受けるようになった。




まるで日本庭園のような趣を見せる明神池

 今でこそ、上高地へは梓川に沿って道路が整備されているが、かつては島々宿から徳本峠を越え、明神池のある明神地区へと降りていた。そのように上高地へ辿り着いた人々がまず目にするのが明神岳である。明神岳は穂高岳とも呼ばれ、安曇野を開拓した阿曇氏の氏神である穂高見命(ほたかのみこと)の御神体とされている。それ故、明神岳の直下に広がる明神池は、穂高見命を祭神とする穂高神社の境内地となっており、そこには奥宮が置かれている。また、富士山、北岳に次ぐ、日本第三位の高さを誇る奥穂高岳は、穂高見命の降臨地とされており、その山頂には嶺宮の社が鎮座する。上高地は古くは神垣内や神降地とも書かれ、神が降り立った地である事から付いた地名だ。




青紫色の花が美しいヤチトリカブト

 現在、北アルプス登山の拠点となっている上高地は、日本の近代登山が育まれた地でもある。その登山の歴史は江戸時代の文政11年(1828年)、富山の僧侶であった播隆(りゅうけん)が上高地から槍ヶ岳の頂を極めた事に始まり、明治10年(1877年)にはイギリス人技術者のウィリアム・ゴーランドが、明治25年(1892年)にはイギリス人宣教師のウォルター・ウェストンが、それぞれ槍ヶ岳に登頂している。なお、ゴーランドは日本アルプスの名付けの親であり、またウェストンは北アルプスを始めとする日本の山々をイギリスに紹介した人物として知られている。それら外国人に続き、程なくして日本人もまた北アルプスへと登るようになり、そうして日本アルプス登山史は幕を開けたのだ。

2011年08月訪問




【アクセス】

アルピコ交通上高地線「新島々駅」よりアルピコ交通バス「上高地行き」で約65分、「大正池バス停」または「上高地バス停」下車すぐ。

JR高山本線「高山駅」より濃飛バス「上高地線」で約50分、「平湯温泉」下車、上高地シャトルバスに乗り換えて約25分、「大正池バス停」または「上高地バス停」下車すぐ。

※上高地へのマイカーの乗り入れは禁止されている。

【拝観情報】

散策自由(ただし、4月27日〜11月15日のシーズン中のみ、期間外は閉山)。
穂高神社奥宮の境内にある明神池は拝観料300円、拝観時間6:00〜18:00 。

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