黒部峡谷 附 猿飛ならびに奥鐘山

―黒部峡谷 附 猿飛ならびに奥鐘山―
くろべきょうこく つけたり さるとびならびにおくかねやま

富山県黒部市
特別名勝 1964年指定
特別天然記念物 1964年指定


 日本中部を南北に貫く北アルプスこと飛騨山脈。南は乗鞍岳から北は日本海まで続くその尾根は、山脈の中ほどで立山連峰と後立山連峰の二手に分岐しており、上空から見るとまるで巨大なYの字の形状を成している。そのYの字の付け根から山脈を二つに分断する谷が黒部峡谷だ。極めて険しいV字谷が続く黒部峡谷は、古来より人を寄せ付けない秘境の地であった。その類稀なる谷の深さとダイナミックな景観を持つ黒部峡谷のうち、峡谷の中心を担う下ノ廊下(しものろうか)と呼ばれる区間、および下ノ廊下を取り囲む立山連峰と後立山連峰の尾根までといった広大な範囲が国の特別名勝および特別天然記念物に指定されている。




奥鐘山の大岸壁は西日本最大級の規模を持つ

 飛騨山脈は230万年前から140万年頃の地殻隆起によって形成され、それと同時に流水による浸食が始まった。飛騨山脈はその後さらなる隆起により高さを増し、また水が川底を削って谷の深さを増し、山脈を縦に分かつ黒部峡谷となったのだ。飛騨山脈の山々から流れ込む豊富な水とその狭隘な地形は水力発電所の適地でもあり、電力需要が急増した戦前から戦後にかけて黒部峡谷の四ヶ所に水力発電所と発電用水確保の為のダムが建設されている。特に最も上流に位置する黒部ダムは、日本最大のアーチ式コンクリートダムとして有名だ。特別名勝および特別天然記念物に指定されている下ノ廊下はその黒部ダムの直下から始まり、下流の黒部川第四発電所付近まで続く。




左右から沢が十字の形に流れ込む十字峡

 急峻な断崖絶壁が連続する下ノ廊下は、黒部峡谷の中でも特に険しい地形のエリアである。切り立った花崗岩の岩壁が両岸にそそり立ち、その岩肌の所々や上部の山には草木が茂り、白い岩肌と相まって素晴らしいコントラストを見せる。峡谷を流れる黒部川の水は緑がかった青色で、途中で何本ものの沢や滝と合流して水を集めながら下流へと流れて行く。黒部ダムが観光放水を行うシーズンはより激しい流れを見る事ができ、また放水が無い時期は水量こそ減るものの水の透明度が高くなるという。この下ノ廊下の景観をできるだけ壊さないよう、黒部川第四発電所は山の中のトンネル内に施設が収納されており、黒部ダムからの発電用水も地下水路によって送水されている。




黒部川の流れが蛇行するS字峡

 下ノ廊下は険しい峡谷景観そのものが見どころであると言えるが、特に個性的な風景が見られる場所として白竜峡、十字峡、S字峡の三ヶ所が挙げられる。下ノ廊下の中ほどに位置する白竜峡は、巨大な白い岩壁が連なる事から名付けられた。十字峡は白竜峡より少し下流にあり、黒部川の左右から劒沢と棒小屋沢が十字の形に流れ込むユニークなポイントとして下ノ廊下最大の名所となっている。それらよりさらに下流、下ノ廊下の終点にあたる黒部川第四発電所の手前には、両岸に迫る断崖絶壁の下で黒部川がくねくねと蛇行しながら流れるS字峡がある。いずれも黒部峡谷の景観をさらに特徴付ける、極めて印象的なスポットである。




峡谷の幅が極端に狭まる猿飛峡

 下ノ廊下からさらに下流、黒部川第三発電所のある欅平の付近には猿飛峡と奥鐘山が存在する。そのうち猿飛峡は極めて幅が狭まった峡谷が直角に曲がる地点であり、猿が川を飛び越え対岸に渡ったという逸話よりその名が付いたとされる。また奥鐘山は黒部峡谷の右岸にどっしりとたたずむ釣鐘状の山で、黒部峡谷に面した西岸壁はその高さが約800メートル、幅は約1キロメートルにも及ぶ巨大なものであり、西日本最大級の規模を持つ大岸壁となっている。これら猿飛峡と奥鐘山は下ノ廊下と同様に黒部峡谷を代表する景観である事から、黒部峡谷の付属という形でそれぞれが特別名勝および特別天然記念物に指定されている。




下ノ廊下では岸壁に穿たれた「旧日電歩道」を歩く

 下ノ廊下を行く唯一の道は、「旧日電歩道」と呼ばれる登山道である。元は水力発電所建設の調査目的に大正14年(1925年)から昭和4年(1929年)にかけて通された道であり、現在は雪渓が解けて整備が終わる夏の終わりから秋にかけての約2ヶ月間のみ歩く事ができる。その道のりは約17キロメートルと非常に長く、大部分が岸壁を掘削して作られた狭い道であり、場所によっては峡谷の底まで100メートル以上もの高さがある。足を踏み入れるには十分な体力と装備、それに高所を恐れない心が必要だ。また下ノ廊下から欅平までも大正9年(1920年)に黒部第三発電所の資材運搬目的で通された「水平歩道」を約13キロメートル歩かねばならないが、これもまた高所の道である。

2012年10月訪問




【アクセス】

<黒部ダムまで>

JR大糸線「信濃大町駅」よりアルピコ交通大町線で約40分「扇沢」下車、「扇沢駅」より関電トンネルトロリーバスで約16分「黒部ダム駅」下車。

富山地方鉄道立山線「立山駅」より立山ケーブルカーで約7分「美女平駅」下車、「美女平駅」より立山高原バスで約50分「室堂」下車、「室堂駅」より立山トンネルトロリーバスで約10分「大観峠」下車、「大観峠」より立山ロープウェイで約7分「黒部平」下車、「黒部平駅」より黒部ケーブルカーで約5分「黒部湖駅」下車。

<欅平まで>

黒部峡谷鉄道本線「宇奈月駅」より約80分「欅平駅」下車。

【拝観情報】

黒部ダムから宿泊・野営が可能な阿曽原温泉まで徒歩約12時間、阿曽原温泉から欅平まで徒歩約6時間。これらの登山道は上級コースに分類されており、十分な体力と装備が必要。

【関連記事】

上高地(特別名勝)
御嶽昇仙峡(特別名勝)
瀞八丁(特別名勝)
三段峡(特別名勝)