香取市佐原

―香取市佐原―
かとりしさわら

千葉県香取市
重要伝統的建造物群保存地区 1996年選定 約7.1ヘクタール


 利根川の下流に位置する佐原は、江戸時代から大正時代にかけて、物資の集散地として栄えた水郷の商家町である。舟で銚子から江戸へと至る利根川水運、および香取街道などの陸運を利用して、佐原からは米などの穀物、酒や醤油などが江戸へと運ばれ、また江戸からは呉服や日用品などが佐原へと運ばれ、佐原は利根川沿岸随一の河港商業都市として発展した。また人の行き来によって江戸の文化がもたらされ、佐原には良質の町並みが形成されていく。そのような佐原には今もなお、町を南北に流れる利根川支流の小野川沿い、およびその小野川を東西に横切る香取街道に沿って、小江戸もと称される古い町並みが十字状に残されており、かつて隆盛を今に伝えている。




天保3年(1832年)建造の正上(しょうじょう)醤油店
店に前には荷揚げの為の石段、「だし」が設けられている

 佐原が河港商業都市として発展したきっかけは、徳川家康による利根川の東遷事業に端を発する。江戸の治水と防衛の為、家康は江戸湾(東京湾)に流れていた利根川を太平洋へと流す、大規模な瀬替えを行った。それにより、江戸から銚子を経由して東北へと至る利根川水運が確保され、また利根川下流域では水田の開発が進み、佐原やその周囲は一大穀倉地帯となった。さらには元文年間(1736〜1741年)の大洪水により、利根川の川筋が佐原近くへと変わり、そうして佐原は利根川水運の中継地、および物資の集積地として発展した。利根川へと続く小野川沿いに開かれた佐原の町には、荷揚げの為の「だし」と呼ばれる石段が現存しており、河川流通の様子を垣間見る事ができる。




香取街道沿いの町並み
明治13年(1880年)建造の正文堂書店など、重厚な土蔵造の商家も現存する

 佐原に現存する商家建築の多くは、明治25年(1892年)に起きた大火の後に建てられたものだ。平屋の町家は妻入の寄棟造が多く、また二階建てのものは平入の切妻造が多い。防災を強く意識した土蔵造の商家も散見される。土蔵造とは、壁を漆喰で塗り込めた建築の事で、柱などの木部を外に見せない為に耐火性が極めて高く、また黒漆喰の重厚な見た目が特徴的だ。他にも、大正時代に建てられた煉瓦建築や、鉄筋コンクリート、木骨モルタルの洋風建築などを目にする事もできる。昭和に入ると、鉄道や道路が整備されて陸運が発達し、その代わりに水運は衰退。佐原の町の中心は駅周辺へと移り、小野川沿いの商家の町並みは時代に取り残される形で今に残った。




ジャージャー橋越しに見る伊能忠敬の旧宅

 佐原は、日本地図を完成させた測量家として知られる伊能忠敬(いのうただたか)が、商人として活躍していた町でもある。忠敬は18歳の時に佐原の商家、伊能家に婿養子として入り、隠居する50歳までその商才を発揮していた。長男に家督を譲った後は江戸に出て天文学や測量学を学び、その後56歳の時に日本の測量を開始する。その測量に用いられた器具や資料などは、伊能忠敬関係資料として平成22年に国宝指定された。また、佐原の町には伊能忠敬の旧宅が現存しており、その敷地は国の史跡に指定されている。なお、伊能忠敬旧宅の前に架けられている樋橋(とよはし)は、元は農業用水を渡す為の樋であり、橋から流れ落ちる水の音からジャージャー橋と呼ばれ親しまれている。




佐原に残る二件の造り酒屋の一つ、馬場本店

 伊能家は佐原きっての名家であり、また佐原で最初の酒造家でもあった。佐原では酒や醤油の醸造が盛んに行われ、最盛期には35軒もの醸造家がひしめいていたという。佐原で造られた酒は灘に並ぶ品質の良さで知られ、「関東灘」とも称されていた。しかしながら、酒造業は不作や腐造などのリスクも高く、多角経営をしていた佐原の商家たちは徐々に酒造りを縮小していき、酒造業は衰退。現在、佐原に残る造り酒屋は、馬場本店と東薫酒造の二件のみとなっている。そのうちの馬場本店は、天保13年(1842年)に酒造を開始した酒蔵であり、その敷地内には明治31年にイギリスから取り寄せた煉瓦を用いて建てられた煙突がそびえ、佐原の町並みにアクセントを添えている。




明治22年に建てられた与倉屋の大土蔵

 小野川沿いの道を南西に入ると、ねずみ色の土蔵が建ち並ぶ一角に出る。これは明治22年(1889年)に建てられた、与倉屋(よくらや)の大土蔵だ。元は酒造業であった与倉屋は、醤油醸造業、製粉業を経て、現在は倉庫業を営んでおり、その大土蔵は倉庫やイベントスペースとして活用されている。佐原では毎年7月に本宿祇園祭が、10月には新宿秋祭りが大祭として執り行われているが、これら佐原の大祭は、伝統的な佐原囃子の調べと共に大人形を乗せた山車が曳き回される壮大なもので、「佐原の山車行事」として国の重要無形民俗文化財に指定されている。与倉屋の大土蔵では、佐原囃子の練習や公演も行われており、また町の周辺には山車を収める山車蔵も多数残されている。

2006年10月訪問
2010年12月再訪問




【アクセス】

JR成田線「佐原駅」より徒歩約15分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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