金沢市東山ひがし

―金沢市東山ひがし―
かなざわしひがしやまひがし

石川県金沢市
重要伝統的建造物群保存地区 2001年選定 約1.8ヘクタール


 加賀藩の始祖、前田利家(まえだとしいえ)が礎を築き、江戸時代を通じて加賀百万石の栄華を誇った城下町金沢。その北東を流れる浅野川の対岸、卯辰山の西麓に広がる古い町並みの一角に「ひがし」と呼ばれる茶屋町が存在する。京都の祇園新橋に並ぶ格調高い茶屋町として知られたひがし茶屋町には、裕福な町人や文人が数多く集い、芸者と共に歌舞や和歌を楽しむ社交の場として金沢の文化を育んできた。そこには今もなお、伝統的な茶屋建築が極めて高い密度で建ち並んでおり、在りし日の茶屋町の姿を今に伝える稀有な存在として茶屋町の全体にあたる東西約180メートル、南北約130メートルの範囲が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。




ひがし茶屋町の目抜き通り、二番丁の町並み

 江戸時代後期の文政3年(1820年)、加賀藩は城下に散在していた茶屋を城下町の東西二ヶ所に集め、藩が管理可能な茶屋町を開いた。それまで加賀藩は風紀の乱れや治安の悪化を懸念して茶屋の営業を認めていなかったのだが、当時の加賀藩は財政が厳しく、無認可だった茶屋を束ねて公営化する事で藩の収入を増やそうと試みたのだ。そうして作られた二ヶ所の茶屋町のうち、城下町の西端、犀川の西岸に広がる寺町台に置かれた茶屋町は「にし」と呼ばれ、城下町の東端、浅野川の東岸に広がる卯辰山麓に置かれた茶屋町は「ひがし」と呼ばれた。そのうち「ひがし」は城下町の中心地にも程近く、日々多くの人出で賑わったという。




裏通りにあたる一番丁
それぞれの通りごとに違った表情を見せる

 ひがし茶屋町の形成にあたっては、それまでの不整形な町割が改められ、整然とした区画に整備された。茶屋町内には一番丁から四番丁までの直線的な通りが東西に伸び、その中程で南北に走る路地が各通りを繋いでいる。特に二番丁は茶屋町のメインストリートとして道幅が広く取られており、その両側に途切れる事無く華やかな茶屋建築が連続する、まさにこれぞ茶屋町と言うべき町並みを目にする事ができる。一方、一番丁は裏路地然とした雰囲気があり、ひっそりと落ち着いた趣きである。三番丁には二番丁と同様の茶屋建築が多々見られるが、二番丁ほど整った感じではなく道幅も狭い為、より生活感が感じられる印象の通りとなっている。




茶屋町が開かれた当初より残る「志摩」

 ひがし茶屋町に見られるものを始め、茶屋建築は総じて建ちの高い本二階建てである。江戸時代、町人が武士を高いところから眺めるのは失礼にあたるとされ、本二階建ての町家は建設が禁じられていた。しかし二階部分を客間の座敷とする茶屋建築は必然的に二階の天井を高くする必要があり、茶屋だけは特別に本二階建てが許可されていたのだ。ひがし茶屋町に残る茶屋建築は、茶屋町が開かれた江戸時代後期から明治時代の初頭にかけて建てられたものである。特に二番丁の西側に建つ「志摩」は茶屋町の創建当初から建つ茶屋として貴重であり、また意匠的も優れた茶屋建築の好例である事から、国の重要文化財に指定されている。




弁柄の赤が茶屋町らしい華やかさを演出する

 金沢の茶屋建築は、一階部分に木虫籠(きむすこ)と呼ばれる目の細かい格子をはめるのが特徴だ。この木虫籠は断面が台形になるよう巧みに加工されており、十分な外光を室内に取り込みながら外部からは中の様子を伺えないようになっている。二階部分には吹き放しの縁側と高欄が備わっているが、冬季は雨戸をはめる為に外部からは見る事ができない。雨戸の上部はかつて障子が張られていたが、現在はすべてガラス張りである。木部や内部の壁には弁柄(べんがら)を用いる事が多く、全体的に赤色を基調とした瀟洒で華やかな風情を醸し出している。屋根は桟瓦葺きもしくは金属屋根であるが、本来は板葺の石置き屋根だったという。




茶屋町の鎮守社である天満宮

 なお、ひがし茶屋町はその周囲を卯辰山麓寺院群によって囲まれている。元々この地には、江戸時代の前期に城下町の入口を守備する目的で第三代藩主前田利常(まえだとしつね)が築いた寺町とその門前町が広がっており、町の歴史としてはひがし茶屋町よりも周囲の町並みの方が古いのである。整然とした明るい印象の茶屋町とは趣きが異なり、そこでは複雑に入り組む路地に寺院の土塀が連なるという、しみじみ落ち着いた雰囲気の町並みを目にする事ができる。これらひがし茶屋町を取り囲む卯辰山麓の一帯は、別途「金沢市卯辰山麓」として2012年重要伝統的建造物群保存地区に選定された。重伝建を重伝建が取り囲むという、珍しい例である。

2007年07月訪問
2012年10月再訪問




【アクセス】

JR北陸本線「金沢駅」より北鉄バス橋場町方面行きで約15分、「橋場町バス停」下車、徒歩約5分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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