金沢市卯辰山麓

―金沢市卯辰山麓―
かなざわしうたつさんろく

石川県金沢市
重要伝統的建造物群保存地区 2012年選定 約22.1ヘクタール


 加賀藩の第三代藩主前田利常(まえだ としつね)は、城下町金沢を再整備するにあたり城下に散在していた一向宗(浄土真宗)以外の仏教寺院をまとめ、城下町の入口に位置する東西南の三ヶ所にそれぞれ寺町を設置した。これはそれらの寺町を出城として利用する事で手薄な防備の金沢城を堅固にするのと共に、当時大名をしのぐ程の力を有していた一向宗の寺院をあえて散在させたままにする事で監視の目を光らせ、一向一揆を未然に防ぐという目的があった。それら三ヶ所の寺町のうち、浅野川の東岸に広がる卯辰山の麓に築かれたのが卯辰山麓寺院群である。そこには今もなお数多くの寺院が現存しており、江戸時代からの寺町の趣きを今に伝える貴重な町並みである。




卯辰山麓寺院が形成される以前に開かれた宇多須神社

 「金沢市卯辰山麓」として重伝建の選定を受けたのは卯辰山の西麓、旧北国街道(現在の国道359号)よりも東の東西約690メートル、南北約840メートルの範囲である。元は慶長4年(1599年)に加賀藩の始祖である前田利家(まえだとしいえ)を祀った卯辰八幡宮(現在の宇多須神社)が建立されたのを始め、その周囲に宝泉寺や観音院といった前田家に縁のある寺院が建てられた事を契機とする。そして元和2年(1616年)からの寺町整備によりそれらの寺社を中核として寺院が集められ、その後の延宝期(1673〜1681年)頃には卯辰山麓の寺院群は完成していたという。金沢城の北東にあたるこの寺町は、出城としての利用や一向宗の監視の目的の他、鬼門除けとしての役目もあった。




入り組んだ路地に寺院の石垣と土塀が続く

 通常の寺町は直線的な通りに面して寺院の土塀や山門が連なるのに対し、この卯辰山麓寺院群では山の斜面という起伏のある土地に狭い路地が入り組む不規則な地割となっている。斜面は石垣によって整地がなされ、より高所にある寺院へは石段が続く。複雑な路地に沿って連続する土塀もまた独特の風情を見せる。保存地区内に現存する仏教寺院は37ヶ寺を数え、宗派は様々だが日蓮宗の寺院が特に多い。宗派ごとに一定のまとまりがみられる事から、寺町が形成された当初の計画性が伺える。なお、金沢の城下町は宝暦9年(1759年)大火に見舞われ、卯辰山麓の一帯もまたその際に甚大な被害を受けた。よって現在残る卯辰山麓の建物は、それ以降に再建されたものである。




堂宇は小規模なものが多いが、それでも民家に比べれば大きなものだ

 卯辰山山麓に建つ寺院の本堂は小規模なものが多く、各宗派を通じて様式が共通しているのも特徴である。中でも特に多いのが切妻造りの平入りだ。切妻造り妻入りのものも見られ、その場合は妻面に見事な妻飾りが施されている。入口に式台を設ける寺院も少なくない。屋根はいずれも桟瓦葺きだが、かつては石置き屋根だったと思われる勾配の緩い屋根もいくつか存在する。寺院の入口に建つ山門の様式は多種多様だが、特に全性寺の山門は金沢市に残る数少ない楼門として貴重とされる。また妙国寺の山門は安永9年(1780年)に建てられた事が棟札より判明しており、建造年代がはっきり分かっている山門の中では卯辰山麓で最も古いものである。




比較的平らな土地は直線の道が通り町家が並ぶ

 卯辰山山麓の重要伝統的建造物群保存地区は、仏教寺院が密集する寺町としての範囲のみならず、寺町の成立と時を同じくして形成された材木問屋の集まる旧木町、および観音院の門前町として築かれた旧観音町など、町家が建ち並ぶエリアまでをも含む複合的な町並みである。旧北国街道から垂直に各寺院への参道が伸び、それらの参道を繋ぐ形で旧北国街道と並行する路地が通されており、短冊状の地割に町家が建ち並んでいる。それらの町家は基本的に二階建てで、屋根は桟瓦葺きの切妻造り平入り。一階部分には目の粗い格子をはめ、二階部分の両端に袖壁を持つものが多い。これは金沢をはじめとする北陸地方全体に共通する町家の特徴である。




東山ひがし重伝建のすぐ側を通る観音院の門前町

 江戸時代後期の文政3年(1820年)になると、卯辰山麓に茶屋町が作られた。加賀藩が城下に点在していた茶屋を集め、城下町の東西二ヶ所に藩が管理可能な茶屋町を開いたのだ。卯辰山麓の茶屋町は、その二ヶ所のうちの「ひがし」にあたる。茶屋町を築くにあたって旧来の町割りが改められ、ひがしの茶屋町は道幅の広い整然とした通りに沿って建ち並んでいる。その新たに形成された茶屋町の範囲約1.8ヘクタールは、別途「金沢市東山ひがし」として卯辰山麓寺院群よりも早い2001年に重伝建の選定を受けており、卯辰山麓重伝建はこの東山ひがし重伝建を取り囲む、茶屋町が形成される以前より成立していた町の範囲を新規に選定したものである。

2007年07月訪問
2012年10月再訪問




【アクセス】

JR北陸本線「金沢駅」より北鉄バス橋場町方面行きで約15分、
「東山」下車、徒歩約5分。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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