南会津町前沢

―南会津町前沢―
みなみあいづまちまえざわ

福島県南会津町
重要伝統的建造物群保存地区 2011年選定 約13.3ヘクタール


 福島県の南西部、栃木県日光市との境に位置する南会津町の舘岩地区。その山間を縫うように流れる舘岩川の流域に、前沢という名の集落が存在する。前沢入沢と呼ばれる沢が舘岩川へ流れ込む、緩やかな傾斜地に形成されたその集落には、通常の直線的な茅葺家屋である「直家(すぐや)」のみならず、「中門造(ちゅうもんづくり)」と呼ばれるこの地方特有の茅葺家屋が建ち並んでおり、雪深い奥会津ならではの集落景観を目にする事ができる。10棟の中門造家屋を含む、前沢集落に残るそれら23棟の建造物群を始め、水路や水場、集落の周囲に広がる田畑を包括するその一帯、東西約540メートル、南北約600メートルの範囲が、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。




中門造の茅葺家屋が建ち並ぶ前沢集落

 南会津町の一帯は、中世の頃より南山と呼ばれ、また江戸時代には南山御蔵入地として天領(幕府の直轄地)であった。前沢集落の成り立ちは、伊北郷(現在の只見町一帯)を治めていた山内氏勝(やまのうちうじかつ)が、豊臣秀吉の奥州仕置によって領土召し上げとなった後の文禄年間(1592〜1596年)、氏勝の家臣であった小勝入道沢西(こかつにゅうどうたくさい)が、前沢の地に移り住んだ事に始まるという。事実、江戸時代前期の正保年間(1644〜1648年)に描かれた「会津領内絵図」には、既に前沢村の名があり、その頃には既に集落として成立していた。また幕末に編纂された「新編会津風土記」には、13件の家と鹿島神社、薬師堂、前沢(ぜんたく)寺があったと記されている。




周囲には田畑が広がり、背後には山が迫る

 前沢集落は、南北に流れる舘岩川の西岸斜面に位置しており、近隣の集落へと至る南北に通る古道、および舘岩川から鹿島神社へと至る村内の古道が交差する辻の界隈に家屋が密集している。その周囲に広がる傾斜地は、石垣を積んで平らに整地がなされ、水田や野菜畑、ソバ畑などとして利用されている。なお、現在の前沢集落に残る茅葺家屋は、明治40年(1907年)に発生した大火によって集落が焼失した後、約一年かけて復興されたものだ。その際、主家13棟が再建され、2棟が新築されているが、それらの建造には南会津地方や新潟地方の大工13人とその弟子が携わったという。なお、鹿島神社と薬師堂もまた併せて再建されたが、無住の寺であった前沢寺は廃寺となった。




典型的な中門造の茅葺家屋
寄棟造の主家に切妻造の中門が突き出た、L字型の平面を持つ

 前沢集落に多く見られる中門造の家屋は、寄棟造の主家に切妻屋根の中門を接続した、L字の平面を持つ曲家(まがりや)の一種である。中門の正面に玄関が開いており、そこから主家へと至る通路の横に、ウマヤと便所が設けられている。豪雪地帯であるこの地では、労働力として欠かせない牛や馬を、人と同じ屋根の下で保護する必要があった。そこでそれらを飼育する為のウマヤを主家へと取り込み、この形になったのである。このようなL字型の家屋は、北関東以北の豪雪地帯に広く分布しており、特に岩手県の遠野地方に見られる南部曲家が知られている。ただし曲家の場合は突出部分をウマヤとしてのみ用いており、中門造のように玄関を中門の正面に作ったりはしない。




中門造のみならず、直家の家も見られる

 中門造家屋の規模は、主家が桁行7〜8間に梁間4〜5間、中門は桁行3〜4間に梁間3間を基本とする。中門の玄関から入り、通路を通って主家に至ると、作業場兼団欒の場であるシタエンが土間に面して設けられている。シタエンと大黒柱を境にして、一段高いウワエン(オメエともいう)の広間が設けられ、その奥は儀式や寄り合いなどに用いられるザシキだ。なお、ウワエンの裏には納戸などに使われるチュウモンが、ザシキの裏には夫婦の寝室であるヘヤが設けられている。囲炉裏のあるシタエンやウワエンには天井を張らず、梁や束などが織り成す見事な木組みの構架を見せている。またザシキやヘヤには天井を張っており、その屋根裏は物置や、かつては蚕室としても利用されていた。




丁寧に手入れがなされ、大事にされてきたという印象の集落だ

 中門を持たない直家もまた、おおむね中門造と同じ間取りである。なお、前沢集落の建物は、東向きに建てられているものが多いが、これは冬の北風に備え、北側をシタエンや土間のある下手、南側を寝室のヘヤやザシキがある上手とする為だ。家屋の壁は柱などの木部を見せる真壁で、かつては外壁、内壁共に土の色を見せる中塗仕上げが一般的であったが、現在は外壁が白漆喰で仕上げられているものが多い。なお、前沢集落が重伝建に選定されたのは2011年であるが、その町並み保護の歴史は長く、昭和63年(1988年)から茅葺屋根の葺き替え費用補助が公的に行われてきた。現在、前沢集落の茅葺家屋が良好に維持されているのは、そのような保護意識の高さの賜物なのである。

2011年08月訪問
2017年05月再訪問




【アクセス】

会津鉄道会津線「会津高原尾瀬口駅」より
会津バス「檜枝岐・尾瀬沼山峠行き」で約40〜50分、「前沢向バス停」下車すぐ。

会津鉄道会津線「会津田島駅」より
会津バス「檜枝岐・尾瀬沼山峠行き」で約80〜90分、「前沢向バス停」下車すぐ。

【拝観情報】

入村料300円、入村時間は8:30〜17:00。

【関連記事】

下郷町大内宿(重要伝統的建造物群保存地区)
白馬村青鬼(重要伝統的建造物群保存地区)
南丹市美山町北(重要伝統的建造物群保存地区)