閑古鳥旅行社　－　求菩提の農村景観

		求菩提の農村景観

―求菩提の農村景観―

くぼてののうそんけいかん
重要文化的景観　2012年選定

福岡県豊前市

　かつては近隣の英彦山（ひこさん）と共に、九州を代表する修験道の聖地であった求菩提山（くぼてさん）。その麓を流れる岩岳川沿いの谷間では、狭隘な土地を切り拓いて田畑や住居を築き、農業が営まれてきた。かつては求菩提山の寺領として修験者たちの生活を支えていた求菩提の集落には、修験者によってもたらされた様々な文化が根付いており、それは修験道祭礼の流れを汲む「お田植え祭」など祭礼行事にも伝えられている。また集落における土地利用の在り方といった基本的な骨組は、明和元年（1764年）に描かれた「豊刕（豊州）求菩提山絵図」とも合致しており、求菩提山が遺跡と化した今もなお往時の様相が今に受け継がれている貴重な文化的景観である。

かつては数多くの修験者が住んでいた求菩提山
修行の場である五窟や坊中（住居）跡が残り、国の史跡に指定されている

　求菩提山は古くより霊山として知られており、「求菩提山縁起」によると継体天皇20年（526年）に猛覚魔卜仙（もうかくまぼくせん）が開山したとされる。また仏教伝来後の養老4年（720年）には僧侶の行善が護国寺を開いたとも伝わる。平安時代の後期には頼厳（らいげん）が求菩提山を再興し、康治元年（1142年）の銘がある「銅板法華経・銅筥（どうばこ）（国宝）」や、保延6年（1140年）の銘がある「経筒（求菩提山経塚出土品として重要文化財）」など、数々の遺物が出土している。15世紀には天台修験道に組み込まれ、一時は「一山五百坊」と称されるほどの隆盛を極めたものの、明治元年（1868年）の神仏分離令、および明治5年（1872年）の修験禁止令によって衰退した。

求菩提山の入口にあたる「東の大鳥居」跡
昭和30年頃に道路拡幅のため移築され、当初の位置には台座のみが残る

　求菩提山の周囲には結界が張られ、山頂に近づけば近づくほど厳しい禁則事項が設けられていた。その結界のひとつ、「東の大鳥居（一の鳥居）」は山内へと通じる八丁坂の入口に構えられていた。その周囲に広がる鳥居畑（とりいはた）は、求菩提山の寺領として密接に結びつき、修験者たちと共に発展してきた集落である。岩岳川に沿って連なる鳥居畑の棚田は、修験者が伝えた石積技術を元に住民たちが築いたもので、玉石を野面積とした石垣は非常に精巧である。また頻繁に霧が立ち篭める求菩提は茶の栽培地として適しており、集落内でも茶が栽培されている。この茶もまた修験者が薬用として持ち込んだもので、求菩提の特産品として本山や諸大名に献上された。

求菩提山へと続く八丁坂の石仏

　また求菩提山の修験者にとって麓の村人は貴重な労働力でもあり、しばしば「ヨウゲン」と呼ばれる人足として動員されていた。修験者が檀家廻りに向かう際にも同行し、往路では檀家に与える薬や茶を、復路では檀家から布施された米を運んでいた。「ヨウゲン」には大工や石工、屋根葺などの職人もおり、山中の仕事を担っていた。山中は浄刹結界によって牛馬の使用が禁止されていたため、荷物はすべて人力で、布と棕櫚で編んだ「かこいろ」と呼ばれる縄を用いる「肩送り」という方法で上げていたという。鳥居畑の人々は、肥料となる山の草刈や糞尿の運び降ろしを認められ、その肥料代として米や野菜を山に納めていたなど、山と村は極めて強い相互依存の関係にあった。

八丁坂から見る鳥居畑の棚田

　鳥居畑の上流に位置する産家（さんげ）もまた、伝統的な石積による棚田が広がる集落だ。産家という地名は、修験者の妻が山から下りてきて出産をする小屋があったことから名付けられた。修験道の山はその多くが女人禁制であったが、求菩提山では聖域や修行の場のみが女人禁制であり、坊中では妻帯が許されていたのである。鳥居畑や産家の集落における農屋敷構えは、主屋と馬屋（まや）の二棟から成る。全体的に戦後に建て替えられた家屋が多いものの、明治初頭に山内の坊舎を移築した家も存在する。伝統的な主屋は、表向きに「ザシキ」「ナカアノマ」「ヒロマ」、裏に「オクザシキ」「ナンド」「イマ」を並べる、六間取りの平面を持つものが多い。

伝統的な石積の棚田とツチ小屋

　棚田への利水は、岩岳川の水を堰き止める「堰上げ」によるほか、山から流れ出る沢水も利用されている。岩岳川の計11ヶ所に設けられた「堰上げ」から取り込んだ水は用水路で水田に引かれ、「田越し」で上段の棚田から下段の棚田に水を落とし、最終的には再び岩岳川に放出する水利システムである。最も規模の大きい「一の渡井堰」から続く用水路は、およそ800メートルにも及んでおり、谷間の狭い土地に巧みに築かれた用水網が巡らされている。また棚田の各所には、「ツチ小屋」と呼ばれる農作業用具の保管倉庫が点在している。これは前面を除く三面に石壁を築いて屋根をかける簡易的な小屋であり、棚田と共に伝統的な石積技法による独自の農村景観を今に残している。

2014年09月訪問

【位置図】

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【アクセス】

JR日豊本線「宇島駅」より豊前市バス「求菩提資料館前行き」で約40分「古屋敷バス停」または「求菩提山登山口バス停」下車すぐ。

【拝観情報】

散策自由（ただし、住民の迷惑にならないように）。