阿蘇の文化的景観 産山村の農村景観

―阿蘇の文化的景観 産山村の農村景観―
あそのぶんかてきかいかん うぶやまむらののうそんけいかん

熊本県阿蘇郡産山村
重要文化的景観 2017年選定


 阿蘇カルデラの北東に位置する産山村は、阿蘇外輪山と九重(くじゅう)山麓が交わる土地にあり、波状(なみじょう)高原と浸食された急傾斜から成る丘陵地が広がっている。北部の九重山麓には豊かな伏流水が湧き出す水源地が複数あり、特に「山吹水源」から流れる産山川と、「池山水源」から流れる玉来川(たまらいがわ)がそれぞれ小規模な谷地を作りつつ南東へと流れ、この二本の川沿いを中心に集落と水田が形成されている。これら産山村に見られる農村景観のうち、北東部の浸食谷に拓かれた「扇棚田」とその水源地である「山吹水源」、それらの周囲に広がる森林と草原、および西部に広がる阿蘇北外輪山の草地を含む約366.5ヘクタールの範囲が国の重要文化的景観に選定されている。




浸食谷に計16枚の水田が連なる「扇棚田」
周囲の傾斜地には木々が茂り、またより高所には草原が広がっている

 産山川沿いの乙宮(おとみや)集落に鎮座する「乙宮神社」は、阿蘇を開拓した神である「健磐龍命(たていわたつのみこと)」の嫡孫が降臨した地とされており、この命(みこと)を山に例え、山が生まれた地として「産山」という地名になったという伝承が残されている。また村の南部には江戸時代に肥後国熊本城下と豊後国鶴崎を結んでいた「旧豊後街道」が通っており、熊本藩の参勤交代に使われていた。その道筋のうち「弁天坂」と「境の松坂」は今もなお石畳が良好に残ることから国の史跡に指定されている。江戸時代の産山村は畑作が主であり、特に焼畑農業が盛んであったが、江戸時代末期から明治時代にかけて水路の掘削が進み、水田が増えて稲作が中心となっていった。




扇棚田の北側に広がる丘陵の草原

 現在の産山村では主に台地上は耕作地、山裾から谷底へと至る斜面は林地、谷底では湧水を利用した水田や棚田となっており、地形に沿って垂直方向に変化する土地利用の在り方を見ることができる。北部に位置する九重山麓には草地が広がっており、採草のほか牛の放牧も行なわれている。草地にはかつて九州が中国大陸と陸続きであったことを示す「ヒゴタイ」「エヒメアヤメ」「キスミレ」など高原性の希少植物を確認することができ、豊かな自然環境と生態系が育まれている。特に「キスミレ」は日当たりが良くないと育成することができず、毎年3月中旬から下旬にかけて草地に火を入れる「野焼き」の伝統によって守られており、また野焼き後に最初に咲く花としても知られている。




原生林に囲まれた「山吹水源」
豊富な水量であり熊本県の名水百選に選ばれている

 九重山麓の大分県境近くには太平洋戦争後の拡大造林期に植林された針葉樹林が広がっているが、そのほぼ中央には鬱蒼とした原生林に囲まれる「山吹水源」が存在する。摂氏13度前後の水が毎分30トン湧き出す産山村における主要な湧水地のひとつであり、その極めて豊富な水量は田畑の農業用水や集落の生活用水として人々の生活を支えてきた。湧水地の周囲から約2キロメートル下流の川筋沿いにはカシワやクヌギ、カエデなどが生い茂る原生林が続いており、昼もなお薄暗い森林の景観を形成している。特に直径20〜30センチメートルの幹が巻き上がる藤の古木は見事なもので、花が咲く5月頃には辺り一帯に芳香を漂わせるという。




文字通り扇のような弧を描く「扇棚田」の最上部
奥には三本の杉がそびえ、景観のアクセントとなっている

 産山村における土地利用の特色として、水田は谷間のわずかな土地を利用せざるを得ず、斜面をそのまま耕作地とするため棚田として開墾するというものがある。山吹水源の下流もまた傾斜地が多く、江戸時代末期から明治時代にかけて水路が引かれたことにより棚田を拓くことができるようになり、関連して石橋群も築かれた。そのような産山村において、丘陵が浸食された標高約820メートルの谷間に連なる「扇棚田」は、約250年前の江戸時代中期と比較的早い時期に拓かれたとされる。その名の通り扇状に広がる地形を活かして築かれており、等高線状に造成された土坡(どは、土で固めた法面)の棚田が約3ヘクタールに渡って階段状に続く景観を目にすることができる。




1枚あたりの規模が大きく土坡も立派だが、かつてより細かい棚田であったという

 現在は1段ごとに1枚の、計16枚の水田が連なる「扇棚田」であるが、かつては1枚あたりがより細かく、昭和37年(1962年)頃には計59枚の水田から成る棚田であったという。その後の農地改修により複数の水田をまとめて1段1枚にしたことで、農業機械を入れることが可能となった。扇棚田で使用している用水は、約1300メートル上流の山吹水源から水路によって導水している。ほとんどが手掘りによる土の水路であるため、漏水や破損、イノシシによる掘り返しや災害等、維持管理には大変な労力が伴うものの、良質な赤土と温度差のある気候により甘みのある米を生産しており、農林水産省の「日本の棚田百選」、および全国農協中央会・日本農業新聞の「日本の米作り百選」にも選ばれている。

2021年10月訪問




【アクセス】

・産山村中心部から車で約15分。

【拝観情報】

・散策自由(ただし、棚田や草原は立ち入り禁止)。

【参考文献】

・月刊文化財 平成29年9月(648号)
阿蘇の文化的景観 産山村の農村景観 保存計画
産山村景観計画|産山村
扇棚田|産山村
産山村・扇棚田の田植えを見てきたら超絶景だった|肥後ジャーナル

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