善水寺本堂

―善水寺本堂―
ぜんすいじほんどう

滋賀県湖南市
国宝 1954年指定


 滋賀県南部の湖南市は、平安時代に栄えた阿星山(あぼしやま)五千坊の名残である常楽寺や長寿寺など、長い歴史を持つ寺院が今もなお存在している。阿星山より野洲川を挟んだその北側にそびえる岩根山は、かつて十二の里坊が存在していた事から十二坊とも称される里山であり、そこには善水寺という天台宗の仏教寺院が鎮座している。近年は琵琶湖東岸に存在する天台寺院三ヶ寺を湖東三山と呼ぶのになぞらえ、善水寺と同じ湖南市に座する常楽寺、長寿寺と共に、湖南三山とも呼ばれるようになった。そんな善水寺の境内には、南北朝時代に建てられた本堂が現存しており、中世における天台宗寺院本堂の好例として、国宝に指定されている。




正面から見る善水寺本堂

 寺伝によると、善水寺の創建は奈良時代中期の和銅年間(708年〜715年)、国家鎮護の為に開かれたという。その後の平安時代、天台宗の開祖である伝教大師最澄(さいちょう)によって天台宗に改宗され、各種堂宇が整えられた。その際、最澄は境内より湧き出る霊水を病に伏した桓武天皇に献じたところ、たちどころに病が平癒した事から、善水寺という寺名が付けられた。以降、善水寺は朝廷の勅願所となり、後の鎌倉時代には将軍家の祈願所として、その庇護の下に存続して行ったという。元亀2年(1571年)には、織田信長軍によって比叡山や他の近江の天台寺院と同じく焼き討ちに遭ったものの、幸いにも本堂は焼け残り、現在にまで存続した。




軒の反りが美しい

 善水寺に現存する本堂は、室町時代初期にあたる南北朝時代、それまでの本堂が延文5年(1360年)の火災で焼失した後、延海(えんかい)上人によって貞治3年(1364年)に再建されたものであると伝わっている。その規模は桁行七間に梁間五間と大型で、屋根は一重の入母屋造、檜皮葺である。このような仏堂は後世に向拝を付ける事が多いが、善水寺本堂ではそのような改造は無く、当初の様相をそのままに留めている。柱は丸柱が使用されており、組物は出組。中備は間斗束で、軒下にはS字型の支輪を回している。建築様式は和様を基調としながらも、鎌倉時代に大陸の宋からもたらされた大仏様や禅宗様などの要素を巧みに取り入れた新和様の様式を示している。




長押の上には間斗束が乗り、また頭貫には木鼻が付かない

 建具は、主に内開きの蔀戸が用いられているが、正面中央間や側面には、大仏様の桟唐戸が用いられている。内部は、中世における密教本堂建築のセオリー通り、仏像を納める為の内陣と、礼拝の為の外陣に分かれており、その間は格子戸と菱欄間によって隔てている。それぞれの間取りは、外陣が桁行七間に梁間二間、その後ろの内陣は桁行五間に梁間二間であり、さらにその背後に奥行き一間の後陣が、両脇には桁行一間ずつの脇陣が設けられている。後陣五間の後方外側には庇が付けられており、ややせり出した形となっている。内陣、外陣共に床が張られており、また天井は格子が組まれた組入天井である。ただし庇回りに限っては、垂木の見える化粧屋根裏だ。




正面の建具は中央間が大仏様の桟唐戸、それ以外は和様の蔀戸である

 善水寺本堂は、外陣に架かる虹梁が特徴的である。一般的に、虹梁は梁間(前後)方向に架かるのに対し、ここでは中央の入側柱二本を省略し、桁行(左右)方向三間に巨大な虹梁を架けて荷重を支え、空間を広く取っている。また、虹梁周囲の組物には渦模様が描かれているが、これは大仏様や禅宗様の特徴だ。内陣の中央には厨子が据えられており、その内部には秘仏本尊の薬師如来坐像が安置されている。この厨子は本堂と同時期に作られたとされており、これもまた本堂の附けたりとして国宝指定を受けている。本尊の薬師如来坐像はその胎内より発見された文書より、平安時代の正暦4年(993年)に作られたものと判明しており、重要文化財に指定されている。




後陣五間は背後がややせり出している

 本尊の他にも、善水寺には多くの諸仏が祀られている。須弥壇の左右には梵天、帝釈天立像が安置され、その周囲を四天王立像が囲む。これら梵天、帝釈天、四天王のセットは、密教において立体曼荼羅を構成する基本的な配置だ。また、後陣には滋賀県最古の不動明王像、地天女によって支えられた兜跋(とばつ)毘沙門天立像、老僧の姿をした珍しい僧形文殊菩薩座像、東大寺に残るものに酷似した誕生釈迦仏立像が安置されている。外陣に置かれた金剛力士像は、元は仁王門に祀られていたが、その仁王門は昭和28年の大雨により流失してしまった。なお、ここで挙げた仏像は誕生釈迦仏立像のみ天平時代のもので、それ以外は平安時代。全てが重要文化財に指定されている。

2010年05月訪問




【アクセス】

JR草津線「甲西駅」より湖南市巡回バス「下田行き」で約10分、「岩根バス停」下車、徒歩約15分。

【拝観情報】

拝観料500円、拝観時間は9時〜17時(12月〜2月は9時〜16時)。

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