越前海岸の水仙畑 上岬の文化的景観

越前海岸の水仙畑えちぜんかいがんのすいせんばたけ 上岬の文化的景観かみみさきのぶんかてきけいかん

福井県丹生郡越前町
重要文化的景観 2021年選定


 福井県の嶺北れいほく地方、日本海に面して丹生にゅう山地の西側斜面が急崖を成す越前海岸は、対馬海流の影響により冬は比較的暖かく、強い西風が吹き付けることから雪が積もりにくい。水はけの良い傾斜地であることから、古くより水仙(ニホンズイセン)が自生している。この地に住む人々は冬の副業として水仙を摘花・販売し、近代には斜面での栽培を始め、戦後に栽培地を棚田等に広げて水仙を主要な産物に発展させてきた。越前海岸のうち最も日本海に突き出た越前岬に位置する上岬地区では、海食崖上の段丘やそこから続く緩斜面の棚田跡に水仙畑が広がっており、越前海岸の入江、山上、谷間における集落の歴史や文化を示す景観を残することから国の重要文化的景観に選定された。




鳥糞岩から続く海食崖の段丘上に位置する梨子ヶ平の集落と水仙畑

 越前岬の中央部を占める上岬地区には、北から南に向かって「梨子ヶ平なしがだいら」「左右そう」「血ヶ平ちがだいら」「玉川たまがわ」の四集落が開かれている。そのうち選定範囲に含まれているのは、現在も水仙の栽培が行われている「梨子ヶ平」「左右」「血ヶ平」の全域にあたる約603.4ヘクタールだ。海岸部は「潮吹岩しおふきいわ」「呼鳥門こちょうもん」「鳥糞岩とりくそいわ」などと呼ばれる奇岩や海食洞穴が数多く見られ、荒々しい岩礁が続く交通の難所であった。これら切り立った岩肌が豪壮な眺望を見せる上岬地区の海岸線は、越前海岸を代表する景勝地のひとつとしてその大部分が「越前加賀海岸国定公園」の特別保護地区に指定されている。また山中には滝が多く、白山信仰の祖である泰澄たいちょう大師が修行をした場所のひとつでもある。




現在は水仙畑として利用されている梨子ヶ平の千枚田
全国的にも珍しい水仙の棚田として「日本の棚田百選」に選ばれている

 「左右」は海岸の入江に位置する半農半漁の村であり、刀祢とね(浦庄屋)を務めていた佐藤徳次郎家の文書によると、平安時代の延長元年(923年)までに佐保浦さほうらとして成立していたとされる。また左右は各時代の荘園領主にワカメや塩を納めていた記録が残っており、現在も四月から六月にかけてワカメ漁が行われている。山間に位置する「梨子ヶ平」は稲作を主体とする農山村であり、源平合戦に敗れた平家の落人が七ツの平(梨子ヶ平、大平おおじゃら小羽根ケ平おばんじゃら雪ケ平ゆきがじゃら竹ケ平たけがじゃら岩ケ平いわんじゃら坂ケ平さかんじゃら)に分かれて隠れ住んだことに始まるという。しかし平坦な土地が少ないため、江戸時代には最も規模が大きな梨子ヶ平に集住し、米の自給自足を目指して千枚田と呼ばれる石積みの棚田を築き上げた。




山間の谷間に家屋が密集する血ヶ平の集落

 梨子ヶ平と同じく山間に位置する「血ヶ平」もまた平家の落人が隠れ住んだとされ、農林業を営む農山村であった。越前国二ノ宮の劔神社の文書のうち嘉暦三年(1328年)の「劔大明神縁起」には血箇平として記されている。当初は現在よりも下方の台地に位置しており、寛正三年(1462年)には戸数が七戸であった。その後、戸数が増えたことでより上方の現在地に移動したと考えられる。集落内には飛鳥時代末期の慶雲四年(707年)に泰澄大師が創建したと伝わる「浄盛寺」、平安時代の創建と伝わる「専楽寺」、永正12年(1515年)に専楽寺から分立した「専長寺」といった歴史ある寺院が残る。なお慶長三年(1598年)には上岬地区の検地が行われており、その記録にも各集落の名が見られる。




高低差のある谷間の斜面に血ヶ平の水仙畑が広がる

 上岬地区の集落は農業や漁業を中心に、油桐アブラギリの実の採取や養蚕など複数の生業を組み合わせて生活を営んできた。しかし近世に洪水や高波、不漁不作や火災などで度々困窮した地域であり、そのため水仙の栽培は比較的早くから始まった。大正十年(1921年)に梨子ヶ平出身の伊部時哉が玉川の南隣に位置する梅浦うめうらで自生する水仙を採集させて名古屋の生花市場に出荷しており、これを機に上岬地区でも球根を傾斜地に移植する水仙栽培が行われるようになった。戦後の復興により食糧事情が好転すると米の需要が減じたことで棚田は水仙の栽培用地へ転用されていき、現在はほぼ全てが水仙畑となっている。ただし元々水田だった棚田は水はけが悪く、水仙の生育には傾斜地の方が良いといわれている。




集落内を玉川川が流れる血ヶ平集落の風景

 梨子ヶ平集落には現在も越前特有の農家住宅が群として残っており、福井県の「伝統的民家群保存活用推進地区」に指定されている。その主屋は切妻屋根で銀鼠色の越前瓦を葺き、妻面を格子組とし、外壁は下見板張りである。道路に面して玄関を設けるため平入・妻入のどちらも見られ、水仙農家ならではの間取りは特になく、水仙の仕分け等の作業は玄関先や作業小屋で行われている。血ヶ平集落も同様の農家住宅が多く、狭い谷間に家屋が密集するため限られた敷地を有効活用すべく、家屋の基礎や敷地の擁壁などに石積みが多く用いられている。集落内を流れる玉川川たまがわがわもまた石積で護岸されており、その所々には川へと下りる階段が設けられ、現在も収穫した水仙の洗い場として利用されている。

2025年12月訪問




【アクセス】

・北陸自動車道「鯖江インターチェンジ」から車で約50分。
・北陸自動車道「敦賀インターチェンジ」から車で約1時間。

【拝観情報】

・散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

【参考文献】

・月刊文化財 令和3年2月(689号)
「越前海岸の水仙畑 上岬の文化的景観」が国の重要文化的景観に選定されました。|越前町
「越前海岸の水仙畑の文化的景観」が国の重要文化的景観に選定されました!|福井県
「越前水仙」とは?【知る・観る・考える】重要文化的景観に指定された越前海岸の水仙畑や「越前水仙」のスポットを巡ろう|福井市観光公式サイト

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