うきは市新川田篭

―うきは市新川田篭―
うきはしにいかわたごもり

福岡県うきは市
重要伝統的建造物群保存地区 2012年選定 約71.2ヘクタール


 福岡県南東端、耳納山(みのうさん)系に端を発し、沢水を集めながら山間を北西へと流れる隈上川(くまのうえがわ)。その谷筋沿いでは、石垣で階段状に築かれた棚田が連なり、茅葺屋根の主屋を始めとする江戸時代から昭和初期にかけての家屋が並ぶ集落が続くといった、日本の原風景ともいえる山村光景を目にすることができる。それら隈上川沿いに存在する集落の大部分にあたる、新川(にいた)地区の本村(もとむら)、分田(ぶんだ)、および田篭(たごもり)地区の馬場、日森園(ひもりぞの)、美住(びじゅう)、中村、注連原(しめばる)の計六集落、総延長約5.8キロメートルにも渡る隈上川両岸の範囲が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。




分田集落に位置する野上家住宅
高石垣の上に建つ主屋は、安政期(1854年〜1860年)に築かれたものだ

 新田地区および田篭地区は江戸時代の新川村および田籠村にあたり、元和6年(1620年)から幕末にかけて久留米藩の統治下にあった。その当初より灌漑整備と開墾が始められ、水田の開発は昭和30年代まで続けられていった。各集落は10軒から30軒ほどの規模で構成されており、野面積の石垣で整地し、宅地と耕作地を築いている。斜面が急な分田集落は特に高い石垣が多く、細長い形状の棚田が隈上川に向かって階段状に続く、特徴的な景観を作り出している。集落の信仰の場としては、新田地区の本村集落に高御魂神社が、田篭地区の馬場集落に諏訪神社が鎮座している他、それぞれの集落には居住域よりも高い場所に「お堂」と呼ばれる小規模な仏堂を祀っている。




隈上川から少し登った斜面に位置する美住集落

 新川・田篭地区には江戸時代から昭和前期にかけて建てられた茅葺屋根の主屋が良好に現存する。ただし現在は茅葺屋根の維持が困難となっており、トタンで覆われているものがほとんどだ。明治時代以降には瓦も普及し、茅葺屋根を解体し、組み直して瓦葺とした「ツウガエ」の他、大正時代には瓦葺屋根の新築も建てられ始めた。なお、茅葺屋根の家は寄棟造、瓦葺屋根の家は入母屋造となっている。主屋は南面して建ち、間取りは整形もしくは喰い違いの四間取が基本である。「ニワ」(土間)に面して正面側に「ゴゼン」(客間兼居間)、背面側に「ダイドコロ」(茶の間)、ゴゼンの奥に「ザシキ」(座敷)、ダイドコロの奥に「ナンド」(寝室)の四室を置いている。




最も奥まった場所に位置する注連原集落
平成24年(2012年)の九州北部で甚大な被害を受け、復旧工事が続いている

 主屋の前面には農作業のためのツボと呼ばれる前庭が広がり、他にも敷地には農具置場や畜舎などとして用いる納屋や小屋、板張りの腰壁を持つ土蔵などといった附属屋が建っている。敷地の大きな家では門を構える場合もある。また生活用水を貯めておく「イケ」もしくは「イケス」と呼ばれる小規模な溜め池を持つ家もあり、水道が敷かれる前の水事情をうかがい知ることができる。新川・田篭地区に存在する特殊な建物の例としては、馬場地区の外れに昭和前期に建てられた製材所の施設が存在する他、馬場集落と日森園集落の間に大正11年(1922年)に建てられた洋風建築の旧平川病院が建っており、伝統的な山村風景が続く中、瀟洒な存在感を醸している。




「クド造り」の平川家住宅(重要文化財)
正面から見ると、まるで三棟の建物が連結しているように見える

 田篭地区の日森園集落には、江戸時代後期に建てられた「クド造り」の平川家住宅が存在する。「クド造り」とは筑後川の流域から佐賀県にかけて見られる特徴的な建築様式であり、上空から見ると凹字状で“クド”(釜戸)のように見えることからその名が付けられた。この平川家住宅はくど造りの中でも特に規模が大きく、重要文化財に指定されている。正面から見るとまるで三棟の家屋が並んで建っているように見えるが、主屋は土間の中央棟と床敷きの右棟であり、それに納屋の左棟が付随する構造である。土間部は手前の「ウチニワ」と奥の「オクニワ」に別れ、床敷き部分は土間に面して「ゴゼン」「ダイドコロ」、その右に「ザシキ」と「ナカナンド」「カワナンド」と続く。




日森園集落に築かれた井手(イデ)

 新川地区および田篭地区における棚田の水利は、井手と呼ばれる堰が特徴的である。隈上川の川床に石畳を敷き、石垣を積んで堰を設けて取水し、等高線に沿って築かれた緩やかな勾配の水路によって棚田へと導水する仕組みだ。下流の新川地区では一本一本の水路が長く、地形が入り組んでいる上流の田篭地区は短いのが特徴だ。現在はコンクリートやU字溝の使用、暗渠となっている水路もあるものの、全体として伝統的な灌漑のシステムが良好に残っている。これらの井手はそれぞれの利用者によって共同管理されており、田植えの前には井手の草刈りや土の除去を行う「カマアゲ」などといった作業により整備・維持されている。

2014年09月訪問




【アクセス】

JR久大本線「うきは駅」から徒歩約3分の「浮羽発着所」より西鉄バス「田篭線」で15〜30分、「本村」から「注連原」までの各バス停下車(本数が少ないので要確認)。

【拝観情報】

町並み散策自由(ただし、住民の迷惑にならないように)。

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